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10.岸田頼朝(2)


 俺が人付き合いが苦手なのはおそらく父方の遺伝子に起因する。

 母方の一族は比較的明るくて社交的だが、父方の親戚は陰気な変わり者が多く、俺はそちらと似ていた。父方の血を煮しめたような性格だと言われている。


 後天的なものとしては、子供の頃、兄は母親と外に出かけていることが多かったけれど、俺は父と家にいたり、外に出てもふたりで山に行ったりすることを好んでいた。そこでますますその傾向が強くなったのかもしれない。


 それでも高校時代に比べると大学では、知人程度の付き合いをする人間が何人かできた。単純に高校より人が多く、同じメンバーで固定されている感じが弱かったからだろう。大人な奴も多く、俺のフィルターの薄い物言いも上手く流し、飲みにいくような人間は数人できた。

 けれど、付き合いは表面的なもので、身内に対するように本当に気を許せるものではなかった。俺は俺の言葉を流せる大人な奴とは、逆に分かり合えなかった。あるいは流さずにぶつかってしまうような奴とこそ、本当は関係を築くべきだったのかもしれない。


 人間関係を築くのが極端に苦手だった俺はある段階でちゃんとした友人を作ることを諦めた。


 けれど、ひとりくらい自分のことを受け入れて隣にいてくれる人が欲しい。そう思った時狙うべきは友人ではなく恋人だと思った。結局人生でずっと長く一緒にいるのは配偶者だろうと判断したからだ。


 自分に気がありそうな女性の中から、あまり危なくなさそうな人をひとり選んで決めて恋人をつくる。その後は気を使って、なるべく内面を出さずに接する。これが俺の恋愛の仕方だった。


 彼女を作ること自体はそこまで難しくもなかった。


 でも、相手は毎回逃げていく。


 自分は性格があまりよくない。特に、女性には好かれる性格ではない。女性とそれなりの関係を築くためにした方法は、とにかく気を使って自分の意見を言わないことだった。

 同意と協調。それだけあれば付き合いは成立した。自分にできる方法で大事にしていたつもりだった。でも、やがて相手は退屈や不満を覚えていく。結局上手くはいかなかった。


 破綻という破綻はなかった。合わせているので喧嘩もない。それでも。何かが足りないのだろう。それを問いただしたこともなかったのでわからない。いや、本当はなんとなく原因はわかっていた。俺は付き合ったどの女性とも、上辺だけでわかり合っていなかった。


 人と分かり合えないのはきっといくつもの理由がある。気持ちは出しすぎても、出さなすぎても駄目だ。相手の受け皿、求めているものに合わせなければ破綻する。自意識、恐れ、不器用さ、そんな複数のものが絡み合ってちょうどよくは出てこない。


 それでも社会に出てだいぶ楽になった。

 仕事をする時は用意されている既製品の、会社員のペルソナを被れば良いだけだったからだ。

 そのやり方を覚えてからは、日常生活にも応用できてずいぶんと楽になった。社会では『○○会社の岸田』しか必要とされない。自分を出す必要は最初からないのだ。


 舞原留里との関係は今までの誰とも違っていた。高校の頃も、大人になってからも。


 舞原は、俺同様、他人からは理解されにくいタイプな気はする。


 ただ、違いとして舞原は周りに自分に対しての理解も協調もさほどは求めない。だから周りも、ある程度の距離感を置きながら適当に付き合える。道端の猫に対するくらいの温度で。


 俺はなんだかんだ、他人に理解を求めていたんだろう。求めるが故にそこで食い違いが強くなる。俺は道端の猫に対する温度よりは、親密なものを求めていた。

 大学時代の付き合いだってそうだ。

 もしかしたら、世間ではあれくらいの付き合いを友人と呼ぶのかもしれない。でも、それじゃ満足できなかった。


 舞原と俺の、そのスタンスの差が、生きやすさ、あるいは生きづらさと繋がっていたのかもしれない。


 舞原が何を考えているのかはよくわからない。


 彼女は俺にとって特殊だ。

 俺は彼女に対して、高校の同級生、元彼女達や、大学の同級生、会社の人間、身内、そのすべてと違う自分で向かい合っていた。これは、いろんな要素が合わさって、彼女に対して被るべきちょうどいいペルソナが見つからなかっただけだ。


 一見落ち着かないように感じられたそれは、案外とうまい具合におさまっている。完全に素の自分というわけではない。舞原といる自分というものが、新しく形成された感覚だった。


 舞原は高校時代から俺の言葉を、そのまま受け止めて、なおかつさほど傷付いたり怒ったりもしない奴だった。ただ、聞いてないのかと思えば急に悲しがったりもする。

 彼女がそうなると、俺は正直どうしていいかわからない、途方に暮れた感覚になる。

 かつてのそれは思春期の少女特有の気まぐれな不安定さだったのかもしれないが、今の彼女も、根っこは変わらない感じがする。


 舞原は他人の言葉は傍に置いておいて、自分というものをしっかり持っている。単に鈍感なのかと思うと、見てないようで、他人のこともよく見てる。どういう仕組みで動いているのか、わからない。

 好ましいか好ましくないかでいうと、好ましいが、理解の範疇ではまったくない。


 俺のようなある種重い思考の人間と、本気でやっていくつもりなのかどうか、嫌にならないかどうかだって、わからない。だから、先のことはあえてあまり考えないようにしていた。


 舞原に対しては今はただ「可愛いな」と思う、それだけだ。


 それ以上の感情は、きっと、まだ持ってはいけない気がしている。




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