四章③
一週間に一度の検診の日、菜緒は病院のロビーで、長時間、待たされていた。
イライラがつのる中で、携帯をいじったり、瞑想してみたりするが、なかなか呼ばれない。
「ふう」
思わず溜息をついた時、隣に崇が腰をかけた。
と、思うとおもむろに煙草を取り出し一服し始める。
菜緒の表情は一変する。
「あの・・・」
「はい?」
「ここ、禁煙ですよ」
「・・・ああ、すいません」
崇は慌てて、胸ポケットから簡易の灰皿を取り出し、火を消した。
「すいません。久々に吸うもので」
(どういう言い訳なのよ・・・)
菜緒は口中で苦虫を潰したような表情となった。
その圧迫感に気まずさを感じて、
「いや~」
と、誤魔化すようにポリポリと頭をかいた。
そして、ちらりと彼女の横顔を見た。
「・・・!あなた、もしかして、プロ野球選手の水田菜緒・・・さん?」
「・・・はい」
無愛想に菜緒は頷いた。
「いや~、あの日本シリーズ、テレビで見ていましたよ」
「はぁ」
(過去の栄光だよ)
菜緒は心の中で自虐的に呟いた。
「どうして・・・病院に?」
言った瞬間、彼はしまったとハッとなった。
確か彼女は怪我をしてリハビリ中だったニュースを聞いたことを思い出した。
視線鋭く菜緒は睨みつける。
が、
「ええ、肘を故障してしまいました」
そう返したが、声が震えていた。
「なんか、すいません」
「いいえ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
気まずい空気が二人の間を覆う。
崇は一度、天井を見上げ、
「俺も・・・昔、倒れたんですよ」
「えっ」
「それから、俺もですね。一応、プロなんですよ」
「へっ」
「これです、これ」
と、崇はエアで、レバーオンとボタンを叩く真似をしてみせた。
「???」
「ははっ、分かりませんか。ですよね。俺パチプロなんですよ」
「ん?」
一瞬、何かスポーツのプロかと思い、目を輝かせた菜緒だったが、すくに死んだ魚のような濁った目になった。




