95 勇者、ちょっと涙目
「……で、先生よォ、呪いを解くために俺はどうすればいいんだよォ?」
気が付くと、目の前の呪術オタクの男の胸倉をつかんで、額に青筋浮かべてメンチ切っている俺だった。やンのか、あぁん?
「お、落ち着いてください。こういうのは、まずはじっくり時間をかけて調べないと」
「じっくり時間をかけて調べたら呪いが解けるのか?」
「……解く方法は見つかるかもしれませんね」
「つまり、現時点ではあんたは完全にお手上げってことか」
ちっ! 俺は舌打ちして、その使えない男から手を離した。
「そうですね。さすが暴虐の黄金竜マーハティカティさんの全魔力を消費して発動された呪いです。調べれば調べるほど、完成度の高さしか感じません」
「全魔力を消費? そんなこともわかるのか」
「はい、そうなんですよ。この呪いは、もし彼が、君との戦いの中で魔力を少しでも消費していたら、君にかけることはできなかったでしょうね。ためこんでいる魔力をすべて消費しないと発動できないものですから」
「ん? それって……?」
「つまり、君が彼を一撃必殺したばかりに呪いが発動――」
「ちょ、ちょっと、待てっ! なんだそりゃあっ!」
なにその凶悪なトラップ! こっちはただ、サクッとクリティカル出して倒しただけなのに、ひどすぎるだろうがよ!
「ここだけの話、暴虐の黄金竜マーハティカティさんは物理攻撃より魔法攻撃のほうが得意らしいですから、もし攻撃のチャンスが少しでもあったら、彼はなんらかの魔法を使っ――」
「やめて! これ以上、俺の傷口に塩をすり込むのはやめて!」
もう何も余計な情報は聞きたくなかった! 後悔しか感じないし!
「そ、そんな過去のことより、だ、大事なのはこれからのこと、だぜ……」
ぷるぷる。涙目になり震えながらも、俺は懸命に前を向いた。そうだ、今は戦わなきゃ、現実と!
「そうですね。これからの君の未来のことを考えて、さっそく、君の体を刻んで内臓の具合を調べてみま――」
「そ、それはいいから!」
ローテーブルの上に並べてあった刃物を遠慮なく握る呪術オタを、俺はあわてて止めた。
「心配いりませんよ。ちゃんと回復薬は用意してますから」
「いいから! 痛いのはナシで!」
「どうしても痛くて我慢できないときは手を挙げてもらえれば」
「それ、手を挙げても絶対やめないパターンだろ……」
そうそう、歯医者でやられるよね、それ?
「とにかく、もっとソフトな感じの検査で頼む。非破壊検査的な?」
「はあ……」
リュクサンドールはあからさまにがっかりしたようだったが、刃物はひとまず手放した。俺はそのまま、さらにヤツから呪いの検査を受けた。
まあ、検査といっても、痛くない謎器具を体に使われるほかは、簡単な問診だけだったが。結局その日は特に何の進展もないまま、俺は診察室……じゃなかった、リュクサンドールの部屋を出た。一応、やつなりに、さらに資料を読み漁って、俺の呪いについて調べておくということだった。とりあえず、今日はどこかの宿で一泊して、また出直すか。
ただ、そのオンボロ木造建物の廊下に出ても、ユリィたちの姿はどこにもなかった。
「あいつら、どこ行ったんだ?」
きょろきょろ周りを見回す――と、そこで、建物の外のほう、すなわち学校の中庭のほうから、何やら楽し気に騒いでいる学生たちの声が聞こえてきた。なんだろう?
すぐに外に出てみると、中庭には十人程度の学生たちが立っていて、一様に上を見てはしゃいでいた。その視線の先を見てみると、小さなドラゴンが空を飛んでいる姿があった。その背中には黒髪ポニテでローブ姿の少女が乗っている。どう見ても、フィーオとユリィだ。
「すごーい! 竜人族って、あんなふうに誰かを乗せて飛べるんだ!」
「いいなー、私も乗せてくれないかなー」
学生たちはみなうらやましそうに二人を見ている。竜人族の生徒はここにはいないのか、珍しいようだ。
「あいつら、俺が真面目な話をしてるってときに、何遊んでんだよ」
俺は下から二人に向かって手を振った。たちまち、フィーオは俺のすぐそばまで降りてきた。
「……きゃっ!」
おそらくは必死にフィーオの背中にしがみついていたらしいユリィは、フィーオが地面に降りると同時にバランスを崩して、下に落ちそうになった。俺はあわてて駆け寄り、その体を受け止めた。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
ユリィはちょっと恥ずかしそうな顔をしながら、俺の腕の中で体勢を立て直した。
「トモちん、聞いて! アタイ、ユリっちと約束したんだよー」
フィーオがドラゴンの姿のまま、俺に話しかけてくる。周りの学生たちは、やはりそんなフィーオを物珍しそうに見ている。
「約束って何をだよ?」
「ほら、ユリっちって、魔法使いでしょ? だからアタイたち、いいコンビだと思うのー」
「いや、フィーオさん、その話は――」
ユリィはとたんに真っ赤になり、フィーオの話を遮ろうとしたが、
「だからね、アタイたち、一緒にドラグーンウィッチ目指そーって」
フィーオは、いかにも何も考えてない風に言い放った。
「ドラグーンウィッチだって!」
「すごい! あの子たち、そんなの目指してるんだ!」
「優秀なのね」
周りの学生たちがその言葉を聞いてざわざわしはじめた。
「ドラグーンウィッチって、確かどっかの国の精鋭部隊だっけ」
そうそう。竜人族の兵士と、魔法使いの女がペアになって、飛行しながら魔法攻撃をしかける、鬼のように強い部隊だ。飛竜とは違い、竜人族は地上に降りた後は白兵戦にも使えるので、空軍としての使い勝手も抜群にいい。竜人族の戦士たちにとっては、まさにあこがれの職業だったはず……。
「わ、わたしは、こんなふうに一緒に空を飛んでいると、まるでドラグーンウィッチになったみたいですねと言っただけで、実際になるとは……」
突然周りの学生たちの注目の的になり、ユリィはひたすら困惑しているようだ。
「えー、なろうよ! さっきトモちん言ってたじゃん、ユリっち、すごい頼りになる魔法使いなんでしょ?」
「いえ、全然すごくは――」
「すごいよー。アタイにはわかるもん。ユリっちは、すごい魔法使い!」
「そ、そうでしょうか……」
ユリィは戸惑いながらも、なんかめちゃくちゃうれしそうだ。にやにやするのをおさえきれないような顔をしている。やっぱ、こういうふうに魔法使いとして褒められるのは弱いらしい。はは、ホントにちょろいやつだな。
「そうだな、俺もそう思うぜ。お前はすごい魔法使い!」
俺は笑って、その肩を軽くたたきながら言った。




