93 ドノヴォン国立学院
ルーシアが通う、そしてリュクサンドールが教師を務め、なおかつ住み着いているというドノヴォン国立学院とやらは、やがてほどなくして着いた。
そこは現代日本で例えるならミッション系のお堅い学校のように見えた。学校の周りは高い塀で囲まれていて、門はアーチ形で、洋風のシャレオツなデザインだ。門の中央や校舎の上のほうにはクロイツェ教のシンボル、三本の剣を交差させた聖印があった。また、都心のど真ん中にあるにもかかわらず、学校の敷地は広々としており、庭木や植え込みの剪定もしっかり行き届いているようだった。これはなかなかレベルの高そうな学校だ。
そして、門をくぐって正面入り口から校舎の中に入ったところで、
「では、私は理事長に今日のことを報告してきます」
ルーシアはそう言って、俺たちの前から去って行った。残された俺たちはそのままリュクサンドールの住んでいるという部屋にむかった――が、
「ここですよ」
そう言ってヤツが紹介してくれた住み家は、校舎裏にあった、ぼろぼろの木造の建物だった。大きさは小さめのアパートぐらい? まるで工事現場のすぐ横に建てられるプレパブ小屋みたいな。いや、そっちのほうがたぶんマシみたいな……。
「なんでここだけスラム街みたいな雰囲気なんだよ?」
「ああ、この建物はもともと物置として使われていたそうなんですが、老朽化が激しいので、近いうちに取り壊される予定なのです。なので、特別に貸してもらえたのですよ」
「そ、そう……」
そういや、職員室では窓際族だったか、この男。その上、住んでる場所はこれかよ。
「まあ、外観はこれでも中はきれいなんだろ?」
「はい。雨漏りするところはちゃんと把握しているので」
「雨漏りはするのかよ」
とりあえず、俺たちはその建物に入った。リュクサンドールの部屋は、一階のつきあたりにあった。中に入って灯りをつけると、部屋の様子がすぐに明らかになった。広さは思ったよりあり、おそらくは二十畳くらいだろうが、いかにも本の虫の呪術オタクらしく、壁際には本棚が並んでおり、本がみっちり詰まっていて、入りきらない本もそこかしこに積まれていた。壁や床板の木はむきだしで、ぼろぼろだったが、不潔さはなかった。また、部屋の隅には、ローテーブルや椅子などの生活用の家具もあり、そのそばには大きな棺桶が置かれていた。なんでも、ベッドとして使っているという。
「棺桶が変わると眠れない性質なんですよね、僕」
一応、吸血鬼要素もあったのか、この男。
「さて、家に帰ってきたわけですし、さっそく君の呪いの調査を始めましょうか!」
と、リュクサンドールは部屋の奥の引き出しを何やらガサゴソしながら言った。これから俺に使う予定の謎器具を取り出してるんだろうか。
「それはいいが、できればその、部外者は外に出て……」
俺はユリィとその他一名のほうをちらっと見ながら、小声で目の前の男に言った。ユリィには、俺の呪いが「幸せになりすぎると死ぬ」ものだとは知られたくなかった。
「ああ、そうですね。相談者の秘密はしっかり守られなければいけません」
リュクサンドールはそう言うと、すぐに女子二人に近づき、何やら話して、部屋の外に追い出した。無事に、二人っきりになってしまった俺たちだった。よりによって、こんな男と……。
「……ところで、サキさんからの話によると、君はあの伝説の勇者アルドレイの生まれ変わりだそうですね?」
ローテーブルの上によくわからん器具を並べながら、ふとリュクサンドールは尋ねてきた。
「まあ、そうだが」
「そうですか。やはり君は、僕にとって非常に許されざる存在だったわけですね」
「え?」
「実は、僕は、十五年前からずっと憎々しく思っていたのですよ。世界を救った伝説の勇者様のことを、ね……」
リュクサンドールはそこで顔を上げ、俺をじっと見つめた。その金色の瞳は、まるで刃のような鋭い光をたたえていた。




