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262 たまたま

 と、その直後、ユリィとヤギがこっちに駆けつけてきた。


「あ、あれ?」


 ユリィたちはリュクサンドールの姿を見ると、不思議そうに首をかしげた。まあ、なんでこんなところにこいつがいるんだろうって普通は思うよな。俺はかくかくしかじかと、さっき本人に聞いた話をそのまま二人に伝えた。


「ああ、そうですか。先生はホテルを抜け出してきたんですね」


 ユリィはすぐに状況を理解したようだった。


「そうか。ならば先ほどから俺が感じていた禍々しい魔力は、リュクサンドール先生のものだったか。なるほど、通りでどこか懐かしい感じがしたわけだ」


 と、ヤギ……って、おいおい。お前、相手がこいつだって薄々気づいていながらあんなこと言ってたのかよ。ツノがうずくとかさあ。


「こんばんは。ユリィ君もレオローン君も変わりがなさそうで何よりです」


 リュクサンドールはしかし、ヤギの言葉などまるで気にしていないようだ。相変わらず呪術のこと以外どうでもいいのか。


「事情はトモキ君に聞きました。ザック君が迷子になったそうですね。ここは危険なモンスターがたくさんいるところですし、すぐに見つけてあげましょう」


 と、危険そのもののモンスターは言うのだった。


 そして、そのまま俺たちと一緒に歩き出した――と、直後、いきなり何かに足をひっかけて前に転ぶ男だった。


 見ると、その脚に白い布切れが引っかかっている。というか、教師の制服のコートの下は生足のようだ。なんだこの格好。


「ああっ、なんということでしょう! コートの下に着ていたパジャマとパンツが、さっきトモキ君に斬りつけられてズタズタになってるじゃないですか!」


 リュクサンドールは布切れを拾って叫んだ。


「もしかして、お前、そのコートの下は普通の服を着ていたのか? 修復機能がないやつ?」

「はい。修学旅行に行く前の荷造りで、つい制服のシャツとズボンを入れ忘れてしまったので、旅行中はずっと自前のシャツやパジャマをコートの下に着ているんですよ」

「そ、そう……」


 で、俺がさっき斬りつけたおかげで、修復機能があるコート以外は普通にズタズタになったわけか。


 つまり、こいつは今、全裸にコート一枚の痴漢スタイルなのか……。


「ひどいじゃないですか、トモキ君、僕の服をダメにしちゃって。僕、服は数えるほどしか持ってないんですよ!」

「あ、うん。悪かった。すまんすまん」


 全裸にコート一枚の変態が迫ってくるのでとっさに後じさりした。


「金はあるし、これで新しいの買えや」


 一万ゴンス銀貨を二枚、そっとそのコートのポケットに入れた。


「あ、こんなにくれるんですか。ありがとうございます」


 よくわからんが、それで足りてるようだ。よし、あとはこいつのコートの下からチラチラしている生足を見ないようにすれば終わる話だな。


 と、そのとき、少し離れた石像の物陰から、何かが動く気配がした。モンスターではなさそうだが……?


「ザック、そこにいるのか?」


 とっさに声をかけてみたが、返事がない。ザックじゃないのか。ランタンの光をそっちに向けてみるが、気配の主は石像の陰に潜んでいるのか何も見えない。


「おい、そこにいるのは、誰だよ?」


 俺はいら立ち、ただちにそっちに向かった。超素早く。マッハで。


 そして、そんな俺の縮地移動に、物陰に隠れていたやつは当然対応できるはずもなく、すぐにその体をわしづかみにすることができた。暗がりの中で姿はよく見えないが、つかんだのは腕のようだった。妙に細かった。女のものか。というか、この気配どこかで――、


「いきなり何をするのですか! 相変わらず無礼極まりない男ですね!」


 女は直後、俺に怒鳴った。聞き覚えのある声だった。


 ランタンの光をそっちに向けてみると、やはりそれは知った顔だった。そう、クラス委員長様、ルーシアだ。今はなぜか黒縁の眼鏡をかけているようだが。


「お前、なんでこんなところにいるんだよ?」

「私も、たまたまこの遺跡に興味があったのです。それで、夕食後の自由時間を利用して、ホテルを抜け出し、ここまで来たわけなのです」

「たまたま、ね」


 うーん、このわざとらしい言い方は、明らかに……。


「じゃあ、その眼鏡は?」

「別に、最近視力が不安定なもので」


 と、ルーシアが答えたところで、


「あ、ルーシアさんのその眼鏡、わたし、知ってます。明かり無しで暗いところを見るための魔法の道具ですよね。前に資料で読んだことがあります」


 勉強家のユリィが無邪気に真実を暴露するのだった。


「ふうん。明かり無しで暗いところを見るための眼鏡ねえ。なんでそんなもん持ってるんだ、お前は?」

「たまたまです」

「はは、さっきからやけに『たまたま』が多いな、お前」


 俺は笑った。いや、どう考えても、暗いところで相手に気づかれずに尾行するためのアイテムでしょ、それ。お前、あの男をホテルからずっとストーキングしてただけでしょ。

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