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232 娘は強し、パパは弱し

「ルーシア! レクスをそのように踏みつけるとは、いったい何事だ!」


 正気に戻ったカセラは、目の前の光景にぎょっとしたようだったが、


「お父様は黙って!」


 と、ルーシアに鋭く叫ばれたとたん、身を委縮させ「はいぃ!」と答えた。娘相手に何びびってんだよ、親父。


「親父さん、実はかくかくしかじかでして」


 俺はそんなカセラに事情を説明した。


「なんだと! この家を捨ててあんな男と駆け落ちだと!」


 驚きもごもっともだ。よりによって、あんな男と……。


「家を出たとして、ルーシアのような世間知らずの若い娘が、いったいどうやって暮らしていくというのだ?」

「いや、それが学校をやめて働く気らしくて」

「働くだと? ま、まさかいやらしい仕事をするつもりか! それならルーシアのような世間知らずの若い娘でもできそうだからな! しかし、男を食わせるためにルーシアがそんな仕事をするなんて……うおおおっ! 私はその店に通うしかないではないか!」


 なんか息子とまったく同じこと言ってやる。スゴイね、遺伝子。


「ルーシア! はやまったことをするんじゃない! 泡の出る風呂ならこの家にもあるだろう!」


 カセラは桃色妄想のまま、娘を説得し始めている。泡の出る風呂ってなんだよ。


「私への余計なお気遣いは無用ですよ、お父様。いえ、カセラさん」

「こ……この父を今さら名前で呼ぶというのか、お前は!」


 カセラは娘の突然の他人行儀な口ぶりに、めちゃくちゃショックを受けたようだった。蒼白のあまり、石膏みたいな顔色になっている。そう、ちょっと前のレクスみたいな……。やっぱスゴイね、遺伝子。


「いや、ちょ……待て? これは、そのう……反抗期? そう、そういう感じのヤツ?」


 なんか現実逃避し始めたぞ。反抗期とは違うと思うんだがな。


「とにかく、そういうことですので、私はもう行きます。これはお返ししますね」


 ルーシアは足元の兄貴を思いっきり蹴り飛ばし、カセラのところまで転がした。そして、そのまま部屋の外へ出ていく。


「ま、待て、ルーシア! 家出なんて、パパは断じて認めんぞ!」


 カセラはあわててそんなルーシアを追いかけ、その下着の袖にしがみついた。パパって。


 しかし、直後、


「気安く私にさわらないでください、カセラさん!」


 ルーシアはそんなカセラの腕を振り払い、さらにその顔に平手打ちし、ボディに腹パンし、横腹に回し蹴りを叩きこんだ。うーん、やっぱスゴイね、遺伝子。状況再現も完璧かよ。


「ぐはあっ」


 カセラは白目をむき、その場に倒れた。ルーシアはその顔を踏みつけた。


「何度も同じことを言わせないでください、カセラさん。私はもう、あなたの娘ではないのですよ」


 ぐりぐり。容赦なく足に体重をかけるルーシアだった。


「ル、ルーシア、実の父をそのように踏みつけるとは実にけしから……ああ、いい!」


 いや、だから遺伝子……。


「パ、パパはお前が心配なだけだ! なぜそれがわからない!」

「わかりませんね、あなたの気持ちなんて」

「そんなあ……」


 もはや泣いちゃうカセラだった。


「あ、そうだ! 勇者様からも何かルーシアに言ってあげてください!」


 と、唐突に俺に振るし。


「何かって……何だよ?」

「なんでもいいんです! ルーシアの気が変わるようなことなら、なんでも! 勇者様の昔の話とかなんかあるでしょう! それっぽい含蓄のあるエピソード!」

「がんちく、ねえ……」


 ガンタンクならちょっとはわかるんだがなあ。なんかあったかなあ、ためになる俺の話。


「えーっと、そうだな? 俺こと、勇者アルドレイはかつて没落貴族の家の生まれだったんだが、俺の父はそれを何かにつけて語っては、幼い俺にお家再興の夢を押し付けてたんだ。で、それがいやになった俺は十一歳で家を飛び出し、なんやかんやで伝説の勇者様に――」

「ち、ちが! なぜここで、家出してミラクルサクセスしたストーリーを語っているのですか、勇者様ァ!」


 カセラが猛烈な勢いでツッコミを入れてきた。なんだよー、なんでもいいから語れって言ったのはそっちだろうがよー。だからせっかく、普段あまり人に話さないような昔話をしてあげたのにぃ。ぷんすか!


「まあ、なんてためになる素晴らしいお話なんでしょう、勇者様。やはり居心地の悪い家は早々に見切りをつけて、自分らしい生き方を探すべきなのですね」


 ルーシアのほうは満足していただけたようだ。えへへ、喜んでもらえてよかったあ、昔の話して。


 って、安心してる場合じゃない! 俺はこいつの顔を悔しさでゆがませるためだけにここに来たんだってばよ!


 く……何かないか? こいつがそういう顔になる話? 思いだせ、俺ッ! このままだと、こいつはそれなりに満足した人生を歩んでしまう!


 と、そのとき、


「お待ちください、ルーシア様!」


 メイド長が俺たちのいる部屋に駆け込んできた。

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