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226 お兄ちゃんは心配性 Part 2

「ところで先生、私はモンスターのことはあまり詳しくないのですが、ダンピール・プリンスというのはどういう種族になるのですか?」


 ふと、レクスがリュクサンドールに尋ねた。


「ああ、ダンピール・プリンスというのは、吸血鬼と人間のハーフになりますね」


 リュクサンドールは普通に説明するが、


「吸血鬼ですと!」


 その言葉に、レクスはひどくうろたえたようだった。


「吸血鬼というと、邪悪で穢れた不死族の代表格のようなモンスターではないですか!」

「あ、はい、そうですねー」

「しかも吸血鬼の男というのは、一般に若い女を吸血してはひたすらしもべにしてはべらせているそうではないですか! あなたが、そんな不純でいやらしいモンスターだったなんて!」

「いや、人間とのハーフの僕にそんな能力は――」

「いまさら言い訳はけっこうです! ルーシアを見れば一目瞭然です! 先生のように顔がいいだけのひたすら抜けている男に、ルーシアのような完璧美少女がなついているのは、つまりはそういうこと! あなたは吸血鬼の能力を悪用している最低の男だ!」


 レクスは再び妹愛をたぎらせ、リュクサンドールに敵意をむきだしにしたようだった。


「え? いや、そもそも僕は、ルーシア君の血は吸ってない――」

「吸いました、先生は! 私の血を!」


 と、ルーシアが強く叫んだ。


「ほーら、見たことか! やっぱりあなた、ルーシアの血を吸ってるじゃないですか! これは教師としては非常にけしからんことですよ! 責任問題ですよ!」

「そうですよ、先生! 私の初めての吸血を奪ったのですから、ぜひ男として責任を取っていただかないと!」


 しまいには、兄妹二人が口をそろえてリュクサンドールに迫り始めた。お前ら仲良しかよ。まあ、リュクサンドール本人は「え? え?」と、ひたすら困惑している様子だが。


「すみません。ルーシア君にはさきほど言いましたが、僕そのときの記憶がなくて……」

「はっ! 都合の悪いことは『記憶にございません』ですか! あなた、そんなことを言って、いままで何人もの女子生徒を食い散らかしてきたのでしょう! 私にはお見通しですよ!」


 レクスは相変わらずひどい勘違い野郎のようだった。人の話を聞く気がないのか。


 あげくには、


「ええいっ! 私はもう、貴様のような邪悪な不死族の男を許しておくことはできないっ! 今一度、我が家に代々伝わる必殺の術で成敗してくれるっ!」


 と、叫ぶや否や、何か攻撃魔法を詠唱し始めた。


「我が聖なる祈りは炎となり、悪しき者を浄化し続けるだろう! 燃え散れ! 永劫浄化獄炎エターナルフォースブレイズ!」


 ぼー! たちまち、リュクサンドールの体は青い炎に包まれた。


「はははっ! どうだ、炎と神聖属性の二つをあわせもつ、私の必殺奥義の術の威力は! 使われた相手は必ず死ぬ!」


 不意打ちで魔法をぶっ放したくせに何やらイキっているレクスだった。


「お兄様、いきなり私の部屋で炎の魔法を使わないでください! 火事になってしまいます!」

「そのことなら問題ない! この聖なる炎は邪悪なものだけを燃やし、普通の人や物は燃やさない! 人にも環境にも大変優しいものだ! そう、小さいお子様が間違ってお口に入れちゃっても安心安全!」


 どさくさに無添加洗剤の宣伝文句みたいなこと言いやがって。


 まあしかし、そんな適当な術でロイヤルクラスのレジェンド・モンスターが浄化されるわけはなく、


「なんなんですか、いきなり? 僕を青く光らせてどうしたいんですか?」


 青い炎が消えたところで、何事もなかったようにそこに立っているリュクサンドールだった。ただ、その着ていたコートはすっかり燃えてなくなってるが。全裸だが。


「あ、服がなくなってますね。まさか今のは僕を裸にするための魔法だったんですか?」

「ち、ちがーう!」


 レクスは叫んだ。


「きゃあ、なんて恰好なんでしょう、先生ったら」


 ルーシアはとっさに両手で顔を覆った。しかし、よく見ると、その指の隙間から、全裸のリュクサンドールをチラチラ見ている様子だ。この女にとっては、思わぬラッキースケベか。


「なぜ貴様は燃えない! あと、ついでになぜ服が燃えた? この術は邪悪なるものだけを燃やす術で、服は燃やさないはず……あ、まてよ? 邪悪なる者が来ている服には邪悪なオーラがしみついているから一緒に燃えることもあったような?」


 レクスは何やら脳内のマニュアルを参照しているようだ。


「いやでも、服が燃えたのはそれで納得できるとしても、貴様自身はなぜ燃えないのだ!」

「え? 今の全然熱くなかったですけど、炎の魔法だったんですか?」

「き、貴様……今のが炎の術だったことすら、認識していないだと……」


 レクスは愕然としている。


「あ、僕って昔から火あぶりにされたり、呪術の研究で自ら炎上したりはしょっちゅうでしたから、熱いのには慣れているほうなのかも?」

「黙れっ! この術が毛ほども効かないということは、つまり貴様は邪悪の中の邪悪ということ! 断じて、私の術がヘナチョコだからではないっ!」


 と、レクスは何か自分のプライドを保つように叫ぶと、いきなり近くにあったルーシアの机の引き出しから小さい球を取り出した。まるで勝手知ったる自分の部屋のような振る舞いだった。こいつ、妹の部屋のどこに何が置いてあるのか熟知してるのかよ。


「これは魔占球だ。貴様の邪悪具合を推し量るには絶好の道具だと言えるだろうっ!」


 ああ、なんか前にも見たな、コレ。ユリィが使ったら、えらいことになったやつだっけ。


「さあ、これに手をかざしてみろ!」

「はあ?」


 全裸のリュクサンドールは素直に言われた通りにした。


 直後、俺たちの見ている世界は一変した。そう、まるで何もない宇宙空間に放り出されたかのような、暗黒空間になってしまったのだ。

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