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223 恋の空回り

 く……俺はこういうとき、どうすればいいんだ?


 明らかに部屋の中ではルーシアの思惑通りに事が運んでいる。したがって、俺としては全力で止めるべきなんだ。しかし……この状況、すごく気になる! 俺が止めに入らなかったら、二人はいったいどうなってしまうんだ? 超気になる! とりあえず、窓から飛び込みたい気持ちをぐっとこらえて、固唾をのんで見守った。


「せっかくだから、私も少しだけ飲むことにしましょう」


 と、ルーシアはそこでリュクサンドールが使っていた空のグラスを取り、そこに酒をなみなみと注いだ。お、あいつも飲むのか? 未成年だけどここは日本じゃないからセーフか。というか、間接キスか。なるほどなるほど……と、俺は窓越しにその一挙手一投足を凝視したわけだが、直後、


「きゃあ」


 と、ルーシアはわざとらしく声を出すと、その酒を自分のドレスにこぼしてしまった。


「まあ、大変。ドレスが汚れてしまいました。早く着替えないと」


 なん……だと……! 密室で二人きりという状況で、この女……服を脱ぐ気だ! そのためにあえて高そうなドレスを酒で汚しやがったッ! おおお、俺も見ていいのか、この光景!


「先生、私が着替え終わるまで、決してこっちを見ないでくださいね。絶対ですよ?」


 と、いかにも見てくれと言わんばかりに言う女だったが、


「どうぞ、おかまいなく」


 リュクサンドールは本を見ているばかりで、顔を上げることすらしねえ。女としてまったく相手にされていないようだ。あっは、とんだピエロだぜ、ルーシア。


「では先生、お言葉に甘えて着替えさせていただきますね……ああっ!」


 と、部屋の隅でドレスを脱ぎかけたところで、またわざとらしく声を出す女だった。


「いやだわ! 下着まで濡れてしまっているわ!」


 リュクサンドールのほうを向いて、いかにもこっちを見てとばかりに言うが、


「そうですか、大変ですねー」


 ぱらぱら。リュクサンドールは本のページをめくりながら適当に答えた。


「こんなに濡れてしまってどうしましょう!」

「…………」

「下着まで脱がなければいけないのかしら!」

「…………」


 もうなんか返事すらされなくなってしまった。なんという独り相撲。俺は笑いをこらえるのに必死だった。意中の相手にここまでスルーされるとは、無様なり、ルーシア!


 と、そのとき、


「どうですか、勇者様。ルーシア様のご様子は?」


 すぐ近くからメイド長の声が聞こえてきた。はっとして、声のしたほうを見ると、ちょうど黒ヤギが壁を登っているところで、その背中にメイド長の姿があった。黒ヤギにしがみついているようだ。


「レオ、お前なんでここに?」

「俺も、二人の様子が気になったのでな」


 黒ヤギはしっかりした足取りで、壁に蹄をかけ登っているようだ。レンガ造りでもなんでもないただの平坦な壁だが、蹄は不思議とずり落ちたりはしない。どんな摩擦力が働いているのか。スパイダーマンじゃねえんだから。


「レオローンさんはすごいですね。こんな、何の出っ張りもない壁に手をかけて登れるなんて。しかも、わたくしを背負って」


 メイド長は感心したように言う。この言い方だと、レオの姿は人間に見えたままか。もふもふの毛皮の感触でヤギだと気づかないのかよ。


 まあいい、今は部屋の中の二人を見守ることが最優先だ。俺はヤギとメイド長と一緒に、再び部屋の中をのぞきこんだ。


 すると、そこには、下着姿のままリュクサンドールの首に抱きついているルーシアの姿があった。


「まあ、ルーシア様ったら、なんとはしたない恰好でございましょう!」


 メイド長は真っ青になり、


「すぐにお二人を止めないと……」


 と、ヤギの背中から身を前に乗り出した。俺はあわてて「心配いらないぜ」と、そんなメイド長を止めた。


「リュクサンドールのやつ、さっきから本を読んでいるばかりで、ルーシアのほうはまったく見てないからな。あいつのことはマジで興味ないんだよ」

「え、ルーシア様があそこまで体を張ってアタックしているのに無視とは! なんという失礼な男なのでしょう!」


 と、これはこれで許せない事実らしかった。めんどくせーババアだな。


 だが、その直後、ずっと本を読んでいるだけだったリュクサンドールはにわかに顔を上げた。お、ついにルーシアにかまってやる気になったのか? 俺たちは刮目してその様子を見つめた。


「ルーシア君、ちょっとお願いがあるんですけど、いいですか?」

「はい、先生。なんでしょう!」


 ルーシアは期待に目を輝かせているが……。


「本の内容をメモして持って帰りたいので、ペンを貸していただけますか?」

「え」

「あと、紙もください」

「あ、はい……」


 やはり相手にされてないことに気づき、心底がっかりしたようだった。しょんぼりと肩を落としながら、近くの机の引き出しから紙とペンを取り出し、リュクサンドールに手渡した。


「な? あいつ、さっきからずっとあんな感じなんだぜ」

「あの男は木石か何かでできてるのですか! あれではルーシア様があんまりではないですか!」


 メイド長はやはりそんな様子にご立腹のようだ。あんたは、あの二人をくっつけたいのか、くっつけたくないのか、どっちなんだよ。


 しかし、そこで、ひたすら空回りし続けていたルーシアが、違う方法を思いついたようだった。


「そういえば、先生。あの新月の夜に、私たちは初めて肌を重ねたものですね」


 と、何やら意味深に言うのだった。

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