信じて進む道
寸断された道は、私たちが洞窟の中にいるのではなく、グリムダストの中にいるのだという事を感じさせます。
崩れた道は闇に消え、そこにあるのはただただ純粋な闇。光を一切受け付けないその闇は、道の途中に突然現れた宇宙の如く、そこに存在しています。
「戻るのは、絶対に無理です。その闇は道を空間ごと切り裂いていますからね。闇に吸い込まれれば、死にますよ」
ちょっと頑張れば、ジャンプして戻れるかもしれない。そう考えていた私の思考を見抜いたのか、ラスティライズさんがそう警告してきました。
でも、できるかもしれないと思っていただけで、やるつもりはありませんでした。だってこの闇、素人目にもただの闇には見えませんからね。何かおぞましい物が道を寸断していて、その中を通って戻ろうだなんて思いませんよ。
「少し、言うのが遅いのではないか?」
「遅くなんてありません。私はずっと、休もうと言い続けて来ました。それを振り切って歩き戦い、ここまでやって来たのは貴女達の意思です」
「……まぁいい。エイミさん。この先に待つのは、いつも通りならボスと呼ぶべき存在だ。ここで休んで体力を回復させていこう。情けない話だが、実はもう体力がほとんど残っていない。炎の精霊の力を借りるのも、難しい状況だ」
ミコトさんが体力を、相当消耗している事は重々承知しています。それは私もサクラも同じで、出来る事ならミコトさんの言う通り、ここで休んでから奥へと向かいたい所です。
でも先ほどラスティライズさんが言っていたじゃないですか。ここまで辿り着いてしまった私たちにはもう、休んでいる暇はない。敵は向こうからやってくる、と。
「──フ。フフ」
どこからともなく、怪しい笑い声が聞こえて来ました。その声の主は、道を寸断した闇の中から徐に姿を現わします。
寸断された道から、まずは手が現れました。その手は肌色で、どう見ても人の物にしか見えません。まるで崖からよじ登るかのように手に力が入り、続いて頭が現れました。美しく、輝くような金髪の髪の毛が地面に垂れて、続いて胴体も見えて来ました。薄手の白い、ワンピースと修道服の中間くらいの服をまとった女性は、ついに全身が露になるとすぐに立ち上がりました。
まるでホラー映画の幽霊登場シーンを見ているような気分でしたが、立ち上がった彼女を見てもその感想は変わりません。
髪の毛をかきあげて見えるようになった目は虚ろで、小さな口は半開き。息をしている様子はなく、生気を感じさせない不気味な人間──いえ、魔物がそこにいます。
さすがに最終層なだけあって、その魔物の姿は本当に人間そのものです。不気味は不気味ですが、肌の質感や動きは人間にしか見えません。
「うーん……コレが、限界ですか。私の美しさにはまだまだ程遠いですね」
その魔物を見て不満を漏らしたのは、ラスティライズさんです。
魔物の姿は、ラスティライズさんそのものに近づいています。彼女の言う通り、その美しさは再現しきれていませんが、でもそっくりなものはそっくりで、とても近い物に見えます。
「ところで何故、このグリムダストの魔物は貴女の姿をしているんですか?」
「タナトスの宝珠の目的は、人に代わって世界を支配する事。その支配する者達は、人よりも優れたものでなければいけません。だから神である私の姿を真似ているんです。似ていませんが」
「確かに。ラスティライズさんの美しい身体のラインや、むしゃぶりつきたくなるようなお肌や唇に、おっぱいやお尻が全然再現できていません」
「そうですよね!私はもっと美し……え?むしゃぶり?そ、そんな事思っていたんですか?」
「呑気な事を言っている場合ではない!来るぞ!」
叫んだミコトさんの言う通り、闇から這い出て来た魔物は微笑んではいるものの、手には武器を持っていて私たちと戦うつもりのようです。というか、襲い掛かって来ました。
そこからは、一瞬です。闇から這い出て来た魔物が地を蹴ると、一瞬にして私たちとの距離を詰めていました。彼女の狙いは、ミコトさんです。
「っ!?」
ミコトさんを切り裂こうとした剣は、攻撃を察知した私の剣によって防がれました。弾かれた剣は黒く変色して腐り落ちようとしますが、魔物は諦めません。剣を捨てると、今度は自分の手を剣の形に変え、間髪入れずに斬りかかって来ます。私にではなく、今度はサクラに。
ステップを踏む踊り子のような動きでサクラへと襲い掛かった魔物ですが、私はそれを背後から追いかけつつ、傍観しました。どうせ、サクラには攻撃が効きませんからね。
「はうっ!?」
魔物の素早い動きについて行けず、だけど突然首から胸の辺りまで斬りつけられたサクラが、驚きの声をあげます。
直後に、魔物の背中を私の剣が斬りつけました。斬った感触ですが、柔らかかったです。まるで人を斬ったかのような感触が剣から伝わって、オマケに私が斬った傷から血が噴き出しました。ただ、血の色は赤くなく、どす黒い墨のような液体です。
私はその返り血を浴びつつ、念のためもう一度魔物を切り裂きました。やはり血が出てきて、魔物はその場に膝をついてから地面に倒れこみました。
「え、エイミさん……」
眼前にまで魔物の剣が迫り、命の危機を感じたミコトさんがようやく現在に追いついて、少しだけ上ずった声で私の声を呼んできました。
魔物は、身体全体を黒く変色させると、塵となって消えていきます。それと同時に、地面に飛び散ったり私が浴びた血も、消えていきました。
「危なかったですね」
「あ、ああ。すまない……」
全くスピードについていけなかったミコトさんが、冷や汗をかき、項垂れながらお礼を言ってくれました。
仕方ありませんよ。今のは異常です。ちょっと前の私でも、付いていけなかったと思います。だけど今そのスピードに付いていけたのは、やっぱり自分が強くなっているとしか思えません。レベルアップというやつでしょうか。このグリムダストに入ってから、更にそれを感じます。
「サクラ。無事ですか?」
「は、はい」
「サクラ……!」
無事だと答えたサクラですが、その首筋に一本の赤い線が入っている事に気が付きました。更にその線から、僅かながらに血が垂れて来ます。
こちらは魔物とは違い、赤い血です。
私はその血を見た瞬間、理性が一瞬にして消し飛ぶのを感じました。すぐにサクラに駆け寄ると、その身体を抱き締めたうえで首の傷に自分の唇を押し当てます。
「ひうっ!?え、エイミしゃん……!?」
ちょっとだけ色っぽい声をあげ、驚くサクラに構わず私は傷口を舐めながら、まるで吸血鬼のように血を吸いあげます。サクラの血は、鉄っぽい普通の血の味です。本来ならそれほど美味しく感じる物ではありませんが、でもサクラの血だと思うととても美味しくて、嫌な感じは一切しません。
「んっ……サクラ。血が出ていました。痛くありませんか?」
少ししてからサクラの首を離すと、サクラの顔は真っ赤に染まっていました。
「へ、平気、ですっ……」
「サクラさんに、傷?ここまでそんな事は一度もなかったぞ」
信じられないと言った様子でミコトさんも駆けつけると、サクラさんの首筋をまじまじと観察し始めます。そこは私の唾液で光っていますが、確かに傷もあって驚いていますね。
「それはそうですよ。相羽 サクラさんの能力は、観察の能力だけです。いくら肉体的に強い身体を手に入れているとしても、能力ではないのでその限度は割と低いです。完璧な状態に近いグリムダストに出る魔物相手に、いつまでも通じると思ったら大間違いですよ」
その傷が、当然のように言うラスティライズさんに対し、私は戦慄しました。サクラの頑丈さが通用しないのにも関わらず、私はサクラに襲い掛かる魔物を、見過ごしてしまったんです。今回はこの程度の傷で済みましたが、それがもしも致命傷になっていたら、私は自分を許す事ができなくなっていたでしょう。
「ごめんなさい、サクラ……貴女にこんな大怪我をさせて……!」
「いや、それは大げさだ。こんな怪我は舐めておけば治る。というかもうエイミさんが舐めたので、平気だ。すぐに治る」
ショックを受ける私に対し、ミコトさんはあまりにも酷く冷めた態度でそう言い放ちました。
いえ、まぁミコトさんの言う通りなんですけどね。でも私が言いたいのは、怪我のさせ方といいますか……なんだかどうでもよくなってきました。次から気を付ければいいですね。
「それより、今の魔物のスピードはなんだったんだ。全くついていけなかったぞ……エイミさんがいなかったら、私は死んでいただろう」
「そうですねー。でもそれは、ただ貴女が弱いだけです。死にたくなかったら、せいぜい強くなる事ですね。じゃなければ、本当に死んじゃいますよ?相羽 サクラさん。それから、桐山 エイミさん。貴女達もです」
確かに、今のが何体も出てきたらそうなってしまうでしょうね。サクラに傷をつける程の攻撃力を持ち、ミコトさんが一歩も動けない程のスピードを持つ敵です。私が戦って彼女達をフォローするのには限度がありますし、そもそも私自身も危ういです。
「──フフ」
そんな私の不安を感じ取ったかのように、また笑い声が聞こえて来ました。それは、先ほどの魔物が現れたのと同じ、道を寸断している闇から這い出て来ます。それも、今度は複数体……。
「貫徹弓!」
すかさず放ったミコトさんの光の矢が、血を這う魔物の手に命中しました。矢が突き刺さったその手は、意外にも吹き飛んでその場を黒い血で染めます。
そういえば、私の剣も普通に魔物を切り裂きましたね。彼女達、攻撃とスピードは凄いんですけど、防御力が人並みになってしまっているようです。
「はああぁぁぁぁ!」
自分の攻撃が効くと判断したミコトさんが、這い出て来ようとする魔物に向かって気迫の雄たけびをあげながら、何発もの矢を放ちました。
這い出て来ようとする魔物達は、避ける体勢がとれずにミコトさんの矢に対して無防備です。次々と撃退されていき、反撃する間もありません。どうやら、闇から出る前に対処すれば動く間もなく撃退できそうですね。出て来てさえすれば強敵ですが、その前に対処できるのなら問題ありません。
だけど、それが出続ける限り私たちは前に進めません。コレを放置して前に進めば、私たちは背後から複数の魔物に追いかけられ、そしてこの先に待つであろうボス的な存在の魔物と挟み撃ちになってしまいます。
「エイミさん!この場は私が預かる!貴女は先へと進んでタナトスの宝珠を破壊してくれ!」
「な、何を言って……!そんな事、できません!」
今は、ミコトさん1人で対処できています。だけどここでは何が起きるのか分かりません。それに、ミコトさんは体力を消耗しているせいで炎の精霊の力も思うように使えないし、目に見えて疲労感も感じさせています。そんな状態のミコトさんを置いて行って、もしもミコトさんが対処できない事態になってしまったらと考えると、先へと進む事はできません。
「ではどうするつもりだ!?この場に全員とどまっていては、いつまでたってもグリムダストを攻略できないぞ!」
「っ……!」
次々と闇から出て来ようとする魔物の数は、底が見えません。敵の数も分からないのに、この場に全員留まって対処し続けている間に、外では全滅していたなんて事態になってしまうかもしれない。そう考えると、ミコトさんの提案は正しいです。
「私を信じろ。私も貴女を信じて、頑張ってみる」
ミコトさんは軽く笑いながら、私にそう言ってくれました。
ずるいです。そんな事を言われたら、信じずにはいられなくなってしまうじゃないですか。
「……私はまだ、貴女とお話したい事がたくさんあるんです。コレが終わったら、思いきりお喋りをしてもっと仲良くなりたいと考えています。だから……信じます」
「ああ。任せてくれ」
覚悟は、決まりました。私はサクラの手を取ると、ミコトさんに背を向けて前へと進みだします。
「み、ミコトさん……!どうか、無事でいてください!」
「私も、失礼しますね。せいぜい死なないように、頑張ってください」
ラスティライズさんとサクラのエールに、ミコトさんは笑って返すと前を向き、弓を放ちました。その光景を最後に、私は後ろを見る事をやめます。信じると決めた以上、私が見るべきは前だけです。




