助けを求める声
何かが、グリムダストの奥で私を呼んでいる。それはとても悲し気で、私に助けを求めるかのようなか細い声です。
その声によって、私は目が覚めました。
そこには眠りにつく前と同じ光景が広がっていて、膝の上にはサクラが。隣にはミコトさんが横になっています。ああでも、ラスティライズさんは眠りにつく前とは格好が違っています。彼女は寝ていなくて、立っていました。
「……ラスティライズさん」
「もうお目覚めですか?」
私は2人を起こさないように小さな声で呼ぶと、ラスティライズさんも小さな声で答えてくれました。
「何をしているんですか?」
「何って、見張りですよー。魔物が襲って来ないとは限りませんからね」
「……ありがとうございます」
「いえいえー」
この神様は、どこか掴みどころがありません。案内をする事以外に非協力的かと思えば、眠ってしまった私たちの代わりに起きて見張りをしてくれている。お礼を言うと、嬉しそうに人懐っこい笑顔で喜んでくれるし、優しいのか優しくないのか……。
いえ、きっと優しいんでしょうね。ラスティライズさんは、関わらなくても良い事に関わって私たちを助けてくれています。道案内などという地味な役かもしれませんが、それは私たちにとっての生命線です。
それにしても、私を呼ぶあの声はなんだったんでしょう。どこかで聞き覚えのある声だった気がしますが、しかしそれが男の人の声なのか、女の人の声なのかも分からないくらい曖昧です。
「……」
「浮かない顔をしていますが、どうかしましたか?」
私を起こした声の事を考えていたら、ラスティライズさんがそう尋ねて来ました。
「……声が聞こえたんです。私に助けを求めるような声で、その声で起きてしまいました」
ただの夢──。
そう結論を出しかけていましたが、聞かれてしまっては答えるしかありません。別に隠す必要もない事なので正直に言うと、ラスティライズさんの表情が曇りました。
「なんですか?」
「……その声はきっと、このグリムダストに囚われた者の救いを求める声です。タナトスの宝珠の養分となった魂が、貴女に助けを求めているんですよ」
「助け、ですか。それはいいですが、今までそんな現象に遭遇した事がありませんでしたよ。どうしてそんな声が聞こえるようになったんですか」
「きっと、貴女に近い人が囚われているんでしょうね。貴女と波長が合い、本来聞こえるはずのない声が、貴女にだけ夢という虚ろな世界を介して届いたのかもしれません。心当たりは?」
「レイチェル……!」
そう言われ、私は冷や汗が出るのを感じました。そう。今にして思えばあの声はレイチェルの物だった気がします。どうして、気づいてあげられなかったんでしょう。どうして、声に答えてあげられなかったんでしょう。
私は押し寄せる後悔の念に、いてもたってもいられなくなりました。もし膝の上にサクラがいなかったら、今すぐにでも声の出所を探りに出掛けている所です。
「慌てても無駄ですよ。貴女の探し人であるメイドさんは、このグリムダストが出現した際にタナトスの宝珠によって取り込まれ、肉体は跡形もありません」
「跡形も、ない……」
その言葉は、レイチェルの死を意味します。望みも何も感じさせないその言葉に、私は全身から力が抜けていくのを感じました。
覚悟は、していました。だけど目にするまでは望みを捨てないと思っていた私も、神様に言われてしまっては受け入れるしかありません。
──レイチェルは、死んだ。
私たちが巻き込んでしまったがために、そんな事になってしまっていたなんて思いもよりませんでした。
「彼女も運がなかったですよね。偶然跡継ぎの王子様の付き添いとしてこの迷宮に足を踏み入れ、その最奥にあったグリムダストに既に多量のタナトスの宝珠を飲まされている王子様が触れてしまったがために、グリムダストが発芽。巻き込まれてしまったんですから」
「ん……エイミさん?どうかしましたか?わっ」
声がうるさかったからか、それとも私の動揺が伝わったのか、サクラが目を擦りながら起き上がりました。私はいてもたってもいられなくなり、そのサクラに抱き着きます。
「どうしたんだ?」
続いてミコトさんも起き上がりました。起きてすぎに、私がサクラに抱き着いているのを見て不思議そうにしています。
「わ、分からないけど、エイミさんが……よしよし」
サクラは戸惑いながらも、私の頭を優しく撫でてくれました。いつものおふざけの雰囲気ではない事を、察してくれたようです。その抱擁と撫でてくれる手が本当に優しくて、涙が出てしまいそうになります。
「どうやらレイチェルが、死んでしまったようです……」
「レイチェルさんが!?」
ラスティライズさんからもたらされた情報をサクラにも伝えると、サクラの身体がビクリと震えました。
サクラも私と同じようにレイチェルの生に希望を持っていたので、そのショックは大きな物でしょう。とても驚いて、声を詰まらせています。
「勘違いしているようですけど、死んではいません」
「……はい?」
付け加えられたラスティライズさんの言葉に、私はアホみたいな声を出して首を傾げました。だってこの人、レイチェルが跡形もなくなったと言ったじゃないですか。それはつまり、死ですよね。私は間違っていません。勘違いもなにもありませんよ。
「私、死んだなんて一言も言っていませんよー。彼女はただ、タナトスの宝珠に飲み込まれて跡形もなく消えてしまっただけです」
「それはつまり、死んだという意味以外にないと思うんだが」
「視野が狭いですねー。もっと視野を広げて見てください。この世界には貴女達の知らない事がまだまだたくさんあるんです」
「そう言われても……」
「あー、はいはい、もういいです。姿形はなくなってしまいましたが、タナトスの宝珠の中で、彼女の魂も肉体も生きているんです。決して死んでなどいません」
ミコトさんを鬱陶しそうに適当にあしらうと、ラスティライズさんはそう教えてくれました。
死んだ、という事は否定したラスティライズさんですが、加えられた情報を鑑みてもレイチェルは死んだようにしか聞こえません。そこにどう希望を持てばいいのか、私には分かりかねます。
「ならば私たちは、その人を救う事ができるという解釈で良いんだな?」
「救う、ですか。救うという意味が、どういう意味をさすのか私には分かりません。救いとは、酷く曖昧で幅広く、人間にとって何を求めての言葉なのかを、長年生きてきた中で未だに理解できないんですよー。例えば、タナトスの宝珠を取り込まれた彼女ごと滅してあげても、それはタナトスの宝珠から解放したという形の救いですよね。そういう意味で言っているのなら、ええ勿論救えます」
「そんなものは救いではない!」
ミコトさんは、ラスティライズさんに向かって怒鳴るように言いました。
ある意味で、それは救いです。でも私たちが求めているものとは、全く違います。
レイチェルは、私にとって大切な存在です。この世界に来て仲良くなる事ができて、だから跡形もなくなってしまったと聞いてショックでした。そんな私をおちょくるような発言に、レイチェルとはあまり接点がなかったミコトさんが怒ってくれています。
「私も、そう思います。だけど神に救いを求める人間の声なんて、そんなものなんですよ。本当にそれが、救いになるのかと思ってしまうような物ばかりです。ただの気まぐれで、人間が望む通りに救ってあげた事があります。その後どうなったと思いますか?今度は神よ、どうして私にこのような仕打ちを──……ですよ。本当に、嫌気がさします」
「……」
心底呆れたように言うラスティライズさんの様子を見て、私たちは何も言えなくなってしまいました。
人間は、危機に瀕した時は無意識に救いを求めて祈ってしまう物です。その求めが例え神に向けられた物でなく、ただ漠然とした何かに求めた物であったとしても、神様に届いてしまったとします。
人間の願いなんて、所詮は欲にまみれた物ばかりです。お金が欲しい。生きたい。苦しみから解放されたい。救ってほしい……。中には漠然としすぎて何がどうしたいのか分からない物もあるでしょう。それが本当に、その人のためになるのかという願いもあるはずです。
私なら、嫌気がさして適当に受け流しますね。いちいち人の願いなんて聞き入れていたら、キリがありませんしおかしな世界になってしまうでしょう。オマケに、気まぐれで願いを聞き入れて逆ギレされたら、キレます。
とまぁ考えてしまいますが、神様でもなんでもない私には到底理解する事はできません。結局の所、私が確定させるべき事は1つだけです。
「──私は再び、レイチェルと他愛のない事で話して笑ったり、その手を握る事はできますか?」
私はミコトさんの救いという言葉を変えて、質問の仕方を変えました。
どうやらこの神様、長年救いを求められて来たせいで、救いという言葉に嫌気がさしているみたいですからね。人にはこの世界を救えとか言っておいて、身勝手だと思いませんか?
「はい。できますよー。普通なら無理かもしれませんが、貴女ならきっと」
「私なら?」
「はい。だから、希望を持って頑張ってください。それが神である私からの、桐山 エイミさんへのありがたい助言です」
「……ありがとうございます。そのご助言、ありがたく受け取っておきますね」
私なら、という文言が気になりますが、レイチェルと再会できるという希望が持てました。そもそも、ラスティライズさんが余計な事を言わなずに最初からそう言ってくれれば、話はややこしくならずに済んだんですけどね。
しかしこれで、レイチェルの安否に関する心のもやもやを消す事ができました。レイチェルは、死んでいない。私はグリムダストを攻略し、レイチェルを心配しているリシルさんの下へとレイチェルを連れ帰れるんです。先ほどまでと比べて、断然やる気が出て来ましたよ。
「それじゃあ、そろそろ出発しましょうか。このままのんびりしていたら、私たちがグリムダストを攻略する前に外の方々が死んでしまいそうですし、少し急ぎましょう」
「ちょっと待ってください。外の方々が死ぬとは、どういう意味ですか?」
「グリムダストの外に、魔物が溢れ出して行っています。今はどうにか戦って押さえているようですが、長続きはしないでしょう。このままでは、例え私たちがグリムダストを攻略できたとしても、外の人間は皆死んでいる。なんて状況になりかねません。だから、急ぎましょうと」
私はそれを聞いて、立ち上がりました。
外で戦闘になっていると言うのなら、休んでいる場合ではありません。急いでグリムダストを攻略し、一刻も早く戦闘を終わらさなければラスティライズさんの言ったような状況になってしまいます。
「行きましょう。サクラ、ミコトさん。ラスティライズさん」
「はい!」
「ああ」
「案内しますねー」
せっかくレイチェルの安否に希望が持てた所だと言うのに、今度は別の心配事が増えてしまいました。恐れていた事が現実になってしまい、もしかしたら大勢の人の血が流れているかもしれません。
外にいるタニャやリシルさんのために私が出来る事は、急いでグリムダストを攻略する事だけです。3人とも私の想いを理解して、元気に返事をして素早い出発に協力してくれました。
休憩は必要な物と理解していますが、外が大変な事になっていると聞くと、休憩していた事を後悔したくなります。ここからは休憩も何もなく、ただ突っ走ってとにかく早く攻略する事になってしまうでしょう。でも、そうなっているのを知っていたラスティライズさんが、休憩を終えたこのタイミングで私にそれを教えたという事は、もしかしたらゴールは近いのかもしれません。だとすると、もうすぐです。だから、タニャ、リシルさん。頑張ってください。
私は心の中でエールを送りつつ、先頭を切って歩き出したラスティライズさんに続いて歩き出しました。




