道案内
私と対峙する事となった無表情の魔物は、私が剣を向けているのにも関わらず反応を見せません。それどころか、私を見ていないようにも見えます。
不思議に思い、首を傾げる私に対して魔物はお構いなしです。私の方へと歩み寄って来て、その距離を縮めて来ます。私は剣を構えたまま攻撃に備えましたが、やっぱり魔物は私を見ていません。私の横を通り過ぎると、そのままミコトさんとサクラのいる方へと歩いて行こうとします。
「エイミさん!」
「待ってください!」
弓を構え、攻撃の許可を求めてきたミコトさんに、私は尚も攻撃はするなと指示しました。
魔物が2人の方へと歩いて行くのを見るのは、とても緊張しましたよ。一応、いつでも攻撃できるように背後にピッタリくっついていますが、それでも突然攻撃されたらどうなるか分かりませんからね。
でも、魔物は2人もスルーして進んで行こうとするんです。
私は訳が分からず、サクラとミコトさんと一緒に立ち止まると、去っていく魔物の背中を見送ります。
「なんでしょう……?」
「サクラ。アレをその目で見て、何か特別な事は分かりますか?」
私はサクラに、観察の力を使ってアレを見るように依頼しました。
「……魔物。弱点は、なし。身体の形をある程度変形させられる。……精神異常、って出ています」
「精神異常?」
サクラの回答に首を傾げると、ふと魔物が振り返りこちらを見て来ました。
武器を構えますが、敵意は感じません。ただ、こちらを見て来ただけです。そしてまた、歩き出しました。かと思えばまた振り返り、私の方を見て来る。
まるで付いて来いと、そう言いたげな魔物の行動に、謎は深まるばかりです。
「なんだ、アレは?」
「んっ……私に聞かれても分かりません。敵意はないようですが」
ミコトさんは声を小さくし、私の耳元で囁くように尋ねて来ましたが、本当に何も分かりません。
それどころか、耳元にミコトさんの息がかかって気持ちが良いです、もっとしてください。と思ってしまって目の前の出来事に集中できません。
「つ、付いてきて欲しいみたいですけど……」
サクラが魔物の意思を代弁し、呟きました。確かに私もそう思っていましたが、魔物についていくなんてそんな事、怖くてできませんよ。
もし下手に付いて行って、更なる迷宮に誘い込まれたり、敵がうじゃうじゃいる場所へと誘導されたり、そんな事になってしまったらたまったもんじゃないです。相手は魔物で、その時点で信用するには足りなすぎます。
「付いて行く必要はない。どうせ罠に決まっている。だが、襲ってこないのならそれでいい。やり過ごして私たちは私たちで別の道へ進もう」
「ミコトさんに賛成です。でもその前に、ちょっと休憩しましょう。私たちは疲れているんです。こんな状態で先を急いでも、良い事はありません」
「分かった、分かった。貴女は案外強情だな」
「強情なのは、サクラとミコトさんですよ。疲れているなら、素直にそう言って私の提案を呑んでください。せっかく休もうと言っているんですから、分かりましたで良いじゃないですか」
私は壁を背に座り込んだミコトさんに抗議しましたが、適当にあしらわれてしまいました。
というか、休むのは良いですけどそれは魔物が行ってからにしてください。魔物、まだこちらを振り返ってみていますよ。いくら敵意を感じないからと言って、隙を見せるのはどうかと思います。
「で、でも、悪い人には見えないです。もしかしたら、案内をしてくれようとしているのかもしれません」
一方でサクラは、そんな事を言って魔物についていこうとしています。
私、この子の事が心配になってきました。だって、知らない人についていこうと言っているんですよ。いえ、それが人ならまだいいです。相手は魔物です。それについていこうなんて、さすがに看過する事はできません。ここはサクラの保護者として、ビシッと言わなければいけませんね。
「いいですか、サクラ。知らない人に付いて行ったりしたら、いけません。相手が例え悪い人には見えなかったとしても、それはそう見えるだけです。もしサクラみたいな良い子が悪い人に付いて行ったら、どんな目に合わされると思いますか?食べられちゃうんですよ。食べられたくはないですよね?」
「むぅ。わ、私、子供じゃないですっ」
膝を曲げ、サクラと視線を合わせて諭すように言いましたが、サクラは頬を膨らませてちょっと怒ってしまいました。確かに、親が子供に言うみたいな口調になってしまいましたね。だけどサクラが言っている事は、そういう事なんですよ。そこは理解してもらいたいです。
「……──警戒心が強いのは良いですけど、ここは付いてきた方がいいと思いますよー」
そんな事を話していた時でした。いきなり、魔物がそう言って来たんです。
驚きました。今まで笑ったり怒ったり叫んだりする魔物はいましたが、意味のある言葉を発する魔物は初めてです。それも、かなり流暢に話し出しています。
それを聞いて、座っていたミコトさんが立ちあがりました。警戒している訳ではなく、驚いて自然と立ち上がってしまったみたいです。
「ああ、いや、休憩はしてもいいです。かなり消耗しているみたいですし?体力が戻るまでは、特別に待ってあげます。でもその後は付いてきてくださいよー。せっかくこの私が、魔物の身体を乗っ取ってまで案内しに来てあげたんですから、その厚意を無駄にするような事はするべきじゃないと思います」
「……喋った。魔物が」
「……」
一同驚いていますが、この中で1番驚いているのは私だと思います。
だって、この流暢に話し出した声に、私は聞き覚えがあるんですよ。その声の主が、その容姿に良く似ている人物なのですぐに合致して、気が付きました。
「間違っていたらごめんなさい。貴女はラスティライズさん、ですか?」
「ふふん。さすがは桐山 エイミさん。正解、です!」
私がその名を呼ぶと、魔物改めラスティライズさんが、嬉しそうに腕を組んで笑顔を見せました。しかし、その姿はあくまで魔物そのものです。表情は硬く、笑っているのに感情を感じさせないのは他のものと同じ。それが妙に明るい神様の声を発しているんですから、不気味に拍車をかけています。
とはいえ、本当に驚きました。私をこの世界へと送り込んだ張本人である神様が、魔物の姿で目の前に現れたんですから、驚きますよね。
「え、エイミさんは、魔物にも知り合いがいるのか?」
「いえ、いません。彼女はラスティライズさんです」
「ラスティライズ……どこかで聞いたことがある名前です」
その名を聞いてサクラが考えていますが、すぐに出てこないようです。この世界に住む者にとっては常識でも、私やサクラにとっては常識ではない知識なので、すぐに出て来なくても仕方ありません。
「確か、この世界にタナトスの宝珠をもたらした、悪魔の名前だったな」
代わりにミコトさんがちょっと考えて、正解を出してくれました。この世界の人たちにとって、それは正解です。私も本で読んだ事がある通り、ラスティライズとはこの世界にグリムダストを拡散させた、悪魔の名前です。
しかし私にとって、それは正解とは言えません。私にとってのラスティライズさんは、神様です。それもとびきりの美少女で、この世界に伝わっている醜い姿とはかけ離れています。丁度、この少女の姿をした魔物が色づいて、人間らしく柔らかそうな見た目になったのがラスティライズさんです。
「この世界での私は、そう言う事になっていますね。でも実際は、神様だったりします」
「か、神?」
その自己紹介は、あまりにも胡散臭すぎますよ。
ミコトさんを見てください。眉を寄せて、怪訝そうな表情を見せています。
「そうです。だから口には気を付けて、慎重に物を言った方がお得ですよ。私の機嫌を損ねたら、天罰が下ってしまうかもしれません。分かりましたか?国松 ミコトさん」
「っ!」
フルネームで呼ばれ、ミコトさんが取り乱した表情を見せました。
ミコトさんの苗字は、初めて聞きました。国松というのが、ミコトさんの苗字だったんですね。
「信じられないかもしれませんが、彼女の言っている事はたぶん本当です」
「たぶんじゃないですよー。本当ですよー」
「自分が神様だという事を証明する事はできないでしょう?だから、たぶんです。しかしこの世界に私を送り込んだのは彼女で、少し話をした事がありますが今の所疑いはありません。たぶん、本当に神様なんだと思います」
「……」
「か、神様……凄い、です」
ミコトさんは疑っているようですが、サクラは素直に信じて尊敬のまなざしをラスティライズさんに向けました。神様が目の前に現れたら、感動するものです。なので、サクラのこの反応は普通です。
しかし信じないミコトさんも、普通です。だって、神様と名乗るこの人の姿を見てください。ただの魔物ですよ。本来の姿のラスティライズさんはもっとキレイですし、神々しい光を放っていて本当にそれっぽかったんですけど、コレにそんな神々しさはありません。
「相羽 サクラさん。貴女は素直で良い子です。良い子なので、抱き締めてあげましょう」
「え、えと……」
胸を広げてサクラを待つラスティライズさんですが、彼女は魔物の姿です。抱きしめられても、きっと硬くて痛いだけで気持ちよくありません。というか、その姿が不気味でサクラが近寄りたがっていません。
「余計な事は置いておいて、どうしてそんな姿で私たちの前に現れたのかを教えてください」
私はサクラを背後から軽く抱きしめて、ラスティライズさんから守るような行動をとりました。そしてラスティライズさんに問うと、ラスティライズさんは残念そうに広げた胸を元に戻します。
「その問いに対する答えは、至極簡単でシンプルです。ちょっとだけ、お手伝いをしに来ました」
「このグリムダストを破壊してくれるんですか?」
「ちょっとだけと言ってるじゃないですか。私が出来るのは、この迷宮のゴール地点まで貴女達を導く事です。このままでは、貴女達は迷ってゴールにたどり着く事が出来ませんからね。気づいていないと思いますが、貴女達が通った道は変化しているんですよ。この迷宮は、一度道を間違えたら二度と正しい道には進めないようになっているんです」
「変化、ですか……」
違和感は感じていましたが、まさかそんな事が起きているとは思いませんでした。
良かったですよ。ミコトさんに、途中で役に立たないから帰れなんて言っていたら、ミコトさんの身が危なかったです。
「し、しかし、私たちは一度入って出る事ができた」
「それはこのグリムダストの迷宮部分に入る前だったからです。運が良かったですね。もし迷宮部分にまで入り込んでいたら、今頃貴女達はここの魔物にいたぶられ、死ぬ様をじっくりと観察されていたでしょう」
「……」
ミコトさん達が途中で攻略を諦め、逃げ出したのはツカサさんのおかげです。皮肉にも、あの情けない臆病者のおかげでミコトさん達は助かった事になります。
それにはミコトさんも複雑そうな表情を浮かべていますが、彼に感謝する必要はありません。それはただの偶然であり、無事だったのは運が良かったから。それ以上でもそれ以下でもありません。
「案内してくれるより、このグリムダストを破壊してくれた方が手っ取り早いと思うんですけど。なにせ貴女は、神様です。それくらい造作もないことですよね」
「確かにそうですが、この世界に私は強く干渉できません。私に出来るのは、せいぜい私にそっくりに作られた依り代に精神を乗り移させ、迷い子を導く事くらいです。それ以上の事は期待しないでください」
「あくまでやるのは私たち。貴女はただ道案内をするために現れた。そういう事ですか」
「簡単に言えばそうですが、重要な事だと思いますよ。貴女達は一生この迷宮から出る事が出来なくなりつつあります。ゴールまで行くなんて、夢のまた夢です。この階層を一生彷徨い、体力がなくなった所で魔物達の餌食となる。それは嫌でしょう?だから案内役の私の登場に、歓喜して涙を流してください。……もうちょっと後で、ピンチになってから現れた方が良かったですかね?」
「いえ、本当に助かります。神様のラスティライズさんが案内してくれるなんて、とても光栄に思います。ありがとうございます」
ここで一旦帰って、ピンチになってからもう一度来ますなんて言われたら困ります。だから私はラスティライズさんの機嫌を取るため、慌てて感謝の言葉を口にしました。
「分かればよろしい!では出発しますよ。正しい道はこちらです、しっかりと付いてきてください」
「待ってください。まずは休憩です」
歩いていこうとするラスティライズさんに、私がそう声を掛けるとラスティライズさんはすぐに振り返って立ち止まりました。
「おっと、そうでした。では休憩の後に、出発です」
不安は残りますが、私は内心頼もしい助っ人の登場に胸を撫でおろしました。進んでも進んでも正しい道に辿り着けないので、実は割と焦っていたんですよ。だから無理に前へと進もうとしていた訳ですが、正しい道を案内してくれる人がいるのなら、もう無理をする必要はありません。
じっくりと休んで体力を回復させ、それから再スタートです。




