本当の名前
私の剣が、魔物を切り裂きます。四方から飛び掛かって来たそれらを、私はリズムよくかわしつつそれぞれに一撃を加え、それだけで彼らは地面に倒れて動かなくなっていきます。
私の枯凋の能力により、あっという間に腐りゆく彼らは、あまり強くはありませんね。
「──わん」
私はこの階層の最後の一匹を、鳴き真似をしながら真っ二つに切り裂くと、剣をしまって戦闘態勢を解きました。
今回のグリムダストの魔物は、犬です。大小様々な犬の形をした犬型の魔物は、顔の部分だけ無表情な人間の顔で、身体は四足の白い身体。毛は生えておらず、肌はまるでゴムのように弾力がありつつも堅く、犬とは大違いです。似ているのは、形だけですね。大きさは、大きなものは2メートルくらいはありますが、小さなものは30センチ程の大きさしかなかったり、でも顔の大きさは変わらないというアンバランスさもあって、不気味さに拍車をかけています。
「お、お疲れ様です、エイミさん」
1つの階層を攻略するごとに、ナナシさんは私を労ってくれます。
ちょっとだけ心配でしたが、動きの方は大丈夫そうです。いつも通り、私の荷物を持ちながらも敵の攻撃を上手くかわしつつ、ついてきてくれています。
「ありがとう、ナナシさん。お怪我はありませんね?」
「は、はい。エイミさんが守ってくれたので、私は平気です……」
「……」
でも、時折見せる不安げな表情が、私まで不安にさせます。
今だって、笑顔で平気だと返事をしてくれたのに、すぐに元気がなくなってしまいました。まるで、それまで元気に咲いていた花が、急にしおれてしまったかのような変化です。
「さぁ、次へ行きましょう!住民の皆さんのためにも、早くこのグリムダストを消してあげないといけませんよね!」
そう意気込んだナナシさんが、次の階層へと続く階段に向かって歩き出しました。
珍しいと言えば、珍しい事です。いつもは私の後をただついてくるだけだったナナシさんが、私を先導して歩き出したんですから。
でも、私は気づいていたんですけど、実はまだ殺し切っていないんですよね。もう一匹、影に隠れている人面犬がいます。
それが、先導して歩き出したナナシさんの死角から、ナナシさんに襲い掛かりました。
その瞬間に、私は動き出していました。ナナシさんを片腕で引き寄せて抱きしめつつ、ナナシさんに襲い掛かった魔物の頭を、私の剣が切り裂きます。
「カアァァァァ!」
私の剣は、魔物の顔面を切り裂きました。真っ二つに割れた魔物の顔面から、血の代わりに黒い霧が噴き出して、魔物は苦し気な叫び声をあげています。
腐らせれば、一瞬で死ぬでしょう。だけどナナシさんに手を出そうとしたこの愚か者を、簡単に殺す気にはなれません。どうせ死ぬんです。放っておきましょう。
「……ご、ごめんなさい。私、勝手に歩いて、襲われて……。このリュックには、エイミさんの大切な物資が入っているのに……!」
「落ち着いてください」
自分を責めて震えだしたナナシさんを、私は強く抱きしめてそう囁きました。
「リュックなんて、どうでもいいです。ナナシさんの身の方が、大切なんですから」
「で、でも……私、エイミさんの足を引っ張ってしまって!こんなんじゃ私、いない方が……!」
「どうして、そう思うんですか?」
「だって、傍にいたって私は役にたてませんし、エイミさんが戦うのを見て自分が戦いに巻き込まれないようにするので精一杯です。こんなだから、ツカサさん達についてグリムダストに行っていた時も疎まれていましたし、このままじゃエイミさんにも疎まれてしまうかもと思うと……いえ、もう思われてしまっているかもしれませんが……」
確かに、変なタイミングで腕を押さえられたりして、私の気を逸らすのがこの子の得意技です。そういう時は少し慌てさせられたりはしますが、疎ましいと思った事はありません。
「……私、外で言いましたよね。貴女はもう少し、自分に自信を持つべきです。私は貴女を疎んだりしていませんし、役に立てないと言うのも間違いです。私の荷物まで持っていただいて、貴女にはとても感謝しているんですよ。同じ勇者としてこの世界にやってきただけあって、貴女の身体能力は他と比べて素晴らしい物があります。普通ではこうはいきませんよ。それ以外にも、愚痴を聞いていただいたりして精神的な支えにもなっていただいています」
「で、でも、戦えません……」
「戦う必要なんてない。それぞれに、ちゃんとした役があるんです。私は戦い、貴女はついてくる。それが役です。……もしかしてですけど、私がタニャやリシルさんと仲良くしているのを見て、いつか私がナナシさんを捨てるんじゃないかとか、そんなつまらない事を考えたりしています?違ったら、ごめんなさい」
我ながら、ちょっとナルシストっぽい発言かなと思います。でも、これまでのナナシさんの様子から察するに、そう思ったので尋ねずにはいられませんでした。
「そ、そんな事は……いえ、そう、です……。私は、エイミさんと行動できるようになって楽しくて、でもエイミさんには、す、好きな方がいて、いつか私はいらなくなってしまうのではないか……そう考えていました」
「……ああ、もう、ナナシさんも可愛い!そんな事を想っていてくれていたんですね。私は嬉しいです。嬉しすぎて、ナナシさんを食べたくなってしまいました。性的な意味で!」
「せ、せい!?」
思わずナナシさんを強く抱きしめた私に、ナナシさんが赤面して狼狽し始めます。
でもこの子の健気さと遠慮がちで純粋な心を前にして、もう我慢できません。私は自分の欲求を思わず口走ってしまいました。
「私は確かに、タニャが好きです。リシルさんの事も、気に入っています。でもナナシさんの事も、それに負けないくらい好きですし、大切に想っていますよ。だから自分が捨てられるかもしれないだなんて、そんな悲しい事は思わないで。これからも、私の傍にいて私を支えてください。私には、貴女が必要です」
「い、良いんですか……?私みたいのが、貴女のようにキラキラと輝いている人の傍に、いていいんですか?」
「キラキラと、輝いている?」
ナナシさんが、面白い事を言ってきました。私が、キラキラしている?この、私が?
私は転生しなければ、間違いなく地獄行きが確定していたような人間です。それだけ大勢の人を殺し、それを楽しんでいたのですから当然です。
そんな私がキラキラしているなんて事はなく、ドロドロという表現の方が合っています。私からしてみれば、ナナシさんの方がよっぽど輝いて見えますけどね。純粋で純情ですし、そんなキラキラとしたナナシさんだからこそ、私はいつか私の頭を足で踏んづけてもらい、お礼を言わせられながらその足を舐めたりしたいなとか思っているんです。
ほら、こんな事を考えている時点で、汚れてるでしょう?
「エイミ、さん?」
「……なんでもありませんよ」
私は抱きしめていたナナシさんを一旦解放し、その身を解放しました。
それから、先程切り裂いて、未だに地面を転がってもがいている人面犬に、剣を突き刺してとどめをさしました。人面犬はその瞬間に灰となって姿を消し、苦しみから解放されました。良かったですね。
それを見て、ナナシさんはちょっとだけ悲しそうな表情を見せています。こんな化け物に対しても、同情してしまうんですね。本当に優しい子です。でもその優しさが、彼女を危険に晒してしまうかもしれない。実際、少し前に奴隷のようにされてしまったのは、彼女の優しさが原因でしょう。だからそうならないように、私が守ってあげなければいけません。
「とにかく、貴女には私の傍にいてもらわなければ困ります。私にとって、貴女は必要な存在なんですからね」
「……は、はい!」
「……ナナシさん。泣いています」
ふと、返事をしたナナシさんの頬に、涙が伝いました。目は長い前髪で隠れてよく見えませんが、私が手で髪の毛を描き分けて見ると、やはりその大きな瞳から涙があふれ出てきています。
私はその頬に手を置いて、涙を指で拭いながら顔を見つめると、ナナシさんが私の手に手を重ねて来ました。
「ご、ごめんなさい。私、誰かに必要だと言って貰えたのが、それがエイミさんで、嬉しくてっ……!この世界に来る前の世界でも、目立たなくてっ……いてもいなくても同じだとか、親も含めて周りからはそんな事を言われていて……じ、実は、ツカサさん達とは前の世界で、同じ学校に通っている級友で、だけど私が目立たな過ぎたせいで、誰も私の事なんて覚えてもいませんでした……!だけどこんな世界で、勇者として召喚されたからには頑張ろうと思ったけど、何をしても上手くいかなくてっ!結局は前と変わる事なんて何もなくて、皆の足を引っ張って気づけば奴隷になっていて、私、私は──!」
「落ち着いてください。……よしよし。頑張りましたね」
私は落ち着かせるように、ナナシさんのその頭を撫でました。
正直な事を言いますと、私はナナシさんにある可能性を抱いていました。ナナシさんは、もしかしたらみーちゃんの生まれ変わりではないか……。細かな仕草が似ていて、そんな希望を抱いていたんです。だけど違います。いえ、違うと分かっていました。
みーちゃんは、隠し事が下手でしたからね。私を前にして、自分の正体を隠せるような子ではありません。それに、話をしてみてやっぱり違うなと感じていました。記憶がないのかなとも思いましたが、違います。ナナシさんは私に、この世界に来る前の話を臭わせる程度の事を言って来た事がありますが、私がそれに触れる事はありませんでした。また、ナナシさん自身も過去の話を自ら積極的にする事もありません。聞きたくない私と、話したくないナナシさんの思惑が一致した結果、ナナシさんの過去はベールに包まれたままでした。
そもそもナナシさんは、みーちゃんと容姿が違います。でも、転生に際して容姿を弄れるとラスティライズさんが言っていたのを思い出し、それでもまだ希望は捨てきれずにいました。でもナナシさんは、ラスティライズさんの事を全く知らなかった。
みーちゃんに会いたいと言う私の願望が、それらの現実から目を逸らさせていたんです。私はナナシさんにみーちゃんを重ねて傍に置き、それで満足してしまっていた。それはナナシさんの存在を否定するかのような、非道な行為です。
「──ナナシさん。私に、貴女の本当のお名前を教えてください」
今まで聞きそびれていた事を、今になってようやく口にしました。それは、ナナシさんからみーちゃんの影を取り除く行為です。本当は、もっと早くに聞くべきだった事ですが、ここまで先延ばしにしてきた自分を呪うのは後です。
「わ、私の名前は……相羽、サクラ……です」
「そう。サクラ、というのね。では、サクラさん。いえ……サクラ。これからも、私の傍にいてください」
「はい!」
ナナシさん改め、サクラは溢れ出る涙を拭き取り、私のお願いに元気よく笑顔で頷いてくれました。




