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騎士団の繕い係  作者: あかね


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同室者の観察 後編

「いい男が品切れしてる」


「クレアにとって都合の良い男が、でしょ」


 悟り切ったようなクレアにテレサは呆れた顔で応じた。

 罰として城内を転々としているのに婚活していれば呆れる。反省はしているから勤労に励んでいるのだろうが、並行してやることではない。


「そうなんだけどさぁ」


 いいなと思ったら既婚者。

 これはいいかと思ったら、他所で評判が悪い。

 なんとも思ってなかったけど、なんだか雑に扱われた。


 テレサはその愚痴を聞き流した。親身になったところで、経験のない人間が役に立つとは言えない。大体、テレサにとって男というのはなんか怖いものである。


「騎士団の方も行ってみようかなぁ」


「あっち? 怖くない?」


「王弟殿下の配下だから、品行方正とはいわないけど、悪質なひとはいないんじゃないかな」


「そうかもだけど……。気を付けてね?」


「うん」


 そういってクレアは城の端にある騎士団寮へ向かっていった。テレサは大丈夫かなぁと思いつつ付き添う気はなかった。なんだかんだと度胸があるクレアならきっとなんとかしてしまうに違いない。


 騎士団寮へ向かった日、城内は騒がしくなった、らしい。テレサはその話を部屋に戻ったらいたクレアから聞いた。

 騎士団寮は女性禁止らしいという話は初めて聞いた。結構前に悪さをした騎士がいて、そのせいで以降、使用人も立ち入らなくなったようだと。

 それも王命だという。

 テレサは騎士団寮の惨事を想像して震えた。例外的な師匠は別として、テレサの知る男性は家事能力がない。中でもテレサの父は壊滅的で、何もしないで! と母から厳命されるほどだ。


「それが、とってもきれいで、繕いもの部屋もあったの」


 困惑したような顔のクレア。

 騎士団寮がきれいということは、それをしているものがいるはずである。使用人が出入りできないなら、もちろん、騎士であろう。

 しかし、テレサが知っている騎士は遠目から見たことがあるだけだ。あの屈強な男性が家事を? と困惑する。


「兄さんなんにも言ってなかったのに」


 ぽろりとこぼされた言葉にテレサは固まった。

 クレアには二人の兄がいる、というのは知っていたが、どこで何をしているとは聞いたことがない。今の言葉が本当なら、騎士だった、ということになる。

 騎士とは、貴族の子息しかなれない。これは有名な話だ。針子部屋でも騎士様に見初められないかしらぁと夢見る話を聞いたことがある。次男以降だろうが、一般庶民よりは裕福な暮らしができそうに思えるからだろう。

 見初められるくらいの接触すらありえないので夢見る話で終わっているのだが。


 それはさておき、兄が貴族でしかなれない騎士なら、その妹も貴族でなければおかしい。

 家の存続問題にマジになるわけである。そして、投げ捨て婿にいった兄二人に罵詈雑言を投げつけるわけだ。


「まあ、がんばれ」


 テレサは心からの激励をした。よくわからない顔をしたクレアはありがとう? と返してきた。


 それから、また、数日がたち、クレアは自分の荷物の中から探し物をしていた。


「なにしてるの?」


「刺繍糸あったなぁって」


「ああ、あれ、引き出しに入れておくっていってたよ。私も使っていいって言ってたから何本か拝借した」


「ありがとう! 私、刺繍あんまりしなくなっちゃったからどこおいたのか忘れてた」


「絹の刺繍糸忘れるって……」


「父さんが持ってけっていうんだもの。伝統の技を磨いとけとかうるさって」


 クレアはそう言いつつ、机の中の糸をごっそりと回収していった。裁縫道具を入れたカバンに丁寧にしまっている。行き先は騎士団寮だろう。

 誰が使うのか、という話はテレサは聞けなかった。

 まだ、あの大きい男たちが家事しているという事実を飲み込めていない。


 それからまた数日して、クレアとテレサはお昼を一緒にとることになった。針子部屋に戻るのが遅くなりそうという報告をもらって、それは寂しいとテレサが嘆くとクレアはちょっとバツの悪そうな顔になった。


「……誰か、見つけたの?」


「たぶん?」


「なにその曖昧なの」


「趣味は合う」


 テレサはクレアをまじまじと見つめた。

 クレアはフリルとレースが好きである。話を振ったら最後、1時間は聞かされる。同様にリボンについてはあれこれいう身の上だからこそ耐えられるが、あれを騎士の男性が? もし、好意があるということで頑張る人もいるかもしれないとテレサは思い直した。

 いや、あれを耐えられる男性が実在するのであろうか? ともう一度、頭をよぎる。

 マニア過ぎてどうなのかと思うような話を?


「ま、まあ、いいんじゃない?」


 テレサは結局、半端な返事をしておしまいにしてしまった。

 一度くらい偵察に行ってみたほうがいいんじゃないだろうか。友人のためにとテレサはちょっと思い始めた。


 そして、食堂の帰りに見かけた男性にクレアは手を振っていた。クレアの表情がなんだか嬉しそうと思って相手は誰なのだろうと視線を向ける。対象を見つけテレサは表情を引きつらせた。

 なんか、でかい。そして、怖い。

 だが、おずおずと手を振り返しているところは、妙に小動物めいている。


 改めてクレアを見れば、ごきげんだ。テレサは空を仰いだ。

 どうもこの友人はあの男性に対して好意的であるらしい。


 つまり、趣味が合うという男性というのは彼のことのようだ。


 あの巨漢で!? と問いただしたいが、騎士であるメンツもあるのでテレサは黙っておくことにした。


 ちょっとうずうずとしてきたが、テレサは黙れる女である。

 人見知りしすぎて、誰にも言えないという点もあるが、基本的には義理堅いと自認している。


 さらに日をおいて、


「今度の休みに一緒に出かけることになったんだ」


 クレアからうきうきとした報告が来た。テレサは一応、忠告しておくことにした。


「おでかけはいい。

 でも、クレアは、私、罰受けてます、反省してます、ってことを忘れてる」


「うっ。

 そうだった……。針子部屋の方はどう?」


「変わらず。大丈夫、席は残ってる。私が荷物置いて確保しているから」


「おお、わが友よっ!」


「崇めるといい」


 そうテレサは言ったが、たぶん、戻ってこないだろうなと思っていた。騎士の夫を手に入れて、どこかに行ってしまう。

 少しだけ、寂しい気がした。


 まあ、それはそれとしてとテレサは思う。

 クレアが不在のときにちょっとだけ騎士団寮を覗きに行こうかなと。いるときだと注意されるだろうと予想がついたのだ。


 それは魔が差したというところだろう。

 好奇心は妖精の落とし穴を見落とす、という格言を思い出したのは、やらかしたあとだった。


 テレサは昼休憩に騎士団寮あっちだったなとふらっと歩いていった。

 見事に迷子になった。帰れないと困るとうろつくがいつも来ないところで途方にくれる。


 勘がこの辺りという、と垣根の隙間を抜けた先には白いシーツの海が広がっていた。

 助かった、誰か人がいるかも! と見回した先にいたのは、テレサからしたら見上げるような大男だった。


「きゃー」


 目が合って1秒、野太い悲鳴が響いた。


「え?」


 テレサをおいてその男性は逃げていった。


「な、なにかな」


 あまりの消えっぷりに、テレサは唖然とする。足音すら聞こえず、まさか、妖精さん? とテレサが血迷ったことを考えている間に、数人連れて帰ってきた。


 屈強な男性に囲まれ、青ざめるテレサ。


「どうされました?」


「……です」


「あの?」


「迷子です!」


 テレサは今まで出したことのない大声で叫んだ。はあはあと息を乱すテレサに彼らは驚いたようだった。


「それは上から見てわかっていました。

 送ってさしあげたらどうです」


 その声は別の所から聞こえた。

 みれば奥からまた二人やってくるところだった。


「え、俺?」


「あなたが一番暇で抜け道に詳しい」


「まあ、城に用はあるからいいか。

 それでは、お嬢さん。エスコートさせていただけますか?」


 否を言える雰囲気ではなく、テレサは人生初のエスコートをしてもらったのてある。


 テレサは隣を歩く男性を見上げた。父くらいの年頃に見えたが、品よく無精ひげの1本も残っていない。騎士団の制服はきちんとアイロンが当てられシワもなく、サイズのズレもなかった。


「どうかしたかな?」


「制服は城で作っているんですか?」


 怪訝そうに見られて、テレサは慌てて自分は針子でと名乗った。


「ああ、それなら興味があるか。

 これは男の職人が作っている。生地が特別厚いとかで力がいるらしい」


「良い仕立てですね」


「腕はいいが、体形が変わるとうるさい」 


「わかります。微調整大変なんです」


「……少し、気に留めておく」


「そうしていただけると職人も大変助かります」


「うむ。承知した」


 そこから話は弾み、気がつけばテレサはどこの生まれで、どこの仕立て屋の出身なのかも喋っていた。

 尋問されてた? と思い至ったのは部屋に戻った後だった。


 騎士団寮の近くをうろついたら、それは不審者として扱われるだろう。自明の理だ。テレサはうなだれた。もう、近寄らないと心に決める。


 その日の夕方、浮かれたクレアが帰って来る。


「結婚することになった」


「よかったね」


 ひとまず婚約でねとまくしたてられるのをテレサは半ば聞き流した。惚気だ。彼女にとっては相手が大きいこともなんかちょっと怖いというのも全く無視されている。

 指がと語られるのは、特別であるというのは、針子仲間しか通じない表現かもしれないが。生み出す手を愛しているなら、まあ、よほどだ。

 クレアを見ればあまり自覚がなさそうではあった。外から見ればわかるのだけど、とテレサは指摘しなかった。なんか、ろくな目にあいそうな気がしない。


「そういえばさ、騎士の制服って」


 ひとしきり聞いたところでテレサはそう差し込んだ。相手が騎士というのならば聞いてもおかしくはあるまい。


「ん?」


「一人ずつ仕立てたりするの?」


「え? しないよ? 四サイズくらいであとはちょっと調整して、くらい。

 ただ、式典で着る礼装はちゃんと採寸したと思う」


「そっかー」


 あれは日常の制服だ。それを本人用に仕立てている。そういう特別待遇の騎士だ。

 テレサは偉い人に目をつけられちゃったよと頭を抱えたくなった。それというのも好奇心だ。いらぬ好奇心はよくない。

 妖精の落とし穴はいつでも底がない。


 今後は大人しくしていよう。そうテレサは心に決めた。


 しかし、その半月後の休みにもう一度遭遇してしまうのであった。

 師匠の店でいつも通りに仕事を手伝っていると来客があった。


「依頼の服、できたか?」


「できてる。腹回りを減らせ」


「あ? 俺の腹筋に文句あんのか」


「贅肉だろ。贅肉。やだな、中年太りは」


 親しげなやり取りというべきか見苦しいというべきか。テレサはそそくさと部屋の隅に移動した。たまに来る客だが、なんとなく苦手。それも大きいから。


「……お、今日はいるんだな」


「弟子に絡むな」


「城で迷子になってたのを拾ったんだよ。な、テレサ嬢」


 視線を向ければ、確かに見覚えのある顔だった。


「はい。確かにお会いしました。その節はお世話になりました」


「なにしてんだ」


 師匠のその言葉はどちらに向けられたのだろうか。


「うちの弟子はやらんからな」


「わかってるって。人を率いるタイプではない」


「わかってるならいい」


 なにか、恐ろしいセリフを聞いた気がする。テレサはもっと端に寄った。まさかまさかの針子部屋の後継者候補だったとかそんな恐ろしいことはなかったのだ。きっと、そう。そのまま全忘却することにした。


 依頼品を受け取って少々の雑談をした後、彼はそのまま帰った。水も出さないが、彼はいつもそうだった。


「全く、自由すぎるな。王族の自覚はあるのかね」


「王族?」


「ああ、名乗ってないのか。

 そんな顔すると思ったんだろうな。大丈夫だ。あのくらいは別に気にされない」


 テレサは一般国民の生まれだ。国王陛下の肖像画を見たことはあっても他の王族のものまで見たことはない。だから、騎士団長である王弟殿下の顔など知らない。ただ、言われてみれば似てるような気はしてきた。兄弟でも髪質が違うんだなと泉のような国王の後頭部を思い出す。あれはなんで横顔にしたと国王陛下が文句を言ってもいい案件だろう。少々現実逃避で、あの筆致冴えわたる後頭部に思いをはせた。

 なんか、恨みでもあったのだろうか。


「もう二度と会わなくていいです」


「後を継ぐなら無理だろうな」


「そんな老舗なんですか、ここ」


「いや。まだ一代目。ただ、目をつけられただけだ」


「胃が痛くなるんですけども」


「まあ、騎士団の仕事は俺個人の話だから断っておく。あの生地を扱うのは手が可哀想だ」


「そんなですか」


 ほらよと渡された端切れ。針の入りにくいガチガチの生地だ。作る方も大変で、着るのも重そうである。


「刃物も通さん」


「つまり切りにくいってことじゃないですか」


「扱いが難しくて国内で数人しか作れないから、俺のとこまで回ってくる」


 難物すぎる。テレサは誇りや意地を放り投げることにした。無理なものは無理だ。それにリボンもないので楽しいところもなさそうだ。


「で、なんで迷子になったんだ?」


「それは……」


 テレサは師匠に洗いざらい話すことになっていた。騎士団の実態の憶測にも。肩を振るわせる師匠にテレサは怒られると身を縮こまらせる。


「おまえ、な」


「!」


「あははは、もうだめだ」


 目のまえで爆笑している師匠を前にテレサは呆然とした。今までこんなに笑っているのを見たことがない。


「ど、どこに笑うところがっ」


「きゃーってなんだ、きゃーって、あの屈強な野郎がきゃー」


 それは、テレサも唖然とした。

 師匠は目元の涙をぬぐい、どうにか笑いをおさめようとしてた。


「テレサ、気を付けておけよ。

 秘密を知られたら、巻き込むのが常道」


「拉致される!?」


「そんなことするか。騎士団様だぞ?

 団員の誰かから婿の打診してくるかもしれない。店主には役に立つ夫がいるだろ。舐められん男のほうがいい」


「……おっきい人は苦手です」


「家事全般してくれるかもしれん」


「そ、それは」


 ちょっと魅力的と思ってふとテレサは気がつく。


「あの、私が店主になるんですか?」


 お店譲られるって? こと? と困惑するテレサに師匠は肩をすくめて、あと20年もたてばなとつまらなさそうに言った。


 それから数か月たち、クレアは針子部屋を出て行った。

 その直前に、私、実は貴族で、後継者になるの! とやらかしていった。雰囲気が、恐いなんてもんじゃなかった。その名が、特別過ぎた。そりゃあ、隠すと納得できるほどの家だ。建国以来ずっと血を繋いでいる良家の名が出てくるなんてテレサも思っていなかった。


 テレサは部屋に戻った後にクレアに、ごめんね、嘘ついてたと謝罪された。しかし、半ば魂の抜けたテレサは、うん、知ってたと答えてしまった。

 問いただされ、ほら、お兄さんが騎士だったって言ってたとテレサは正直に言うことにした。そこからぁ!?と情けない声をあげるクレア。テレサは笑った。


「お世話をおかけしました。このご恩は」


「そういうんじゃないって。面倒事、困る」


 慌ててテレサは遮った。ご恩というほどの話でもない。クレアは少し困った顔で、テレサの手をとって何かをのっけた。小さい袋だった。


「今までのお礼。指ぬきでも入れて。

 本当はもっとちゃんと用意したいんだけど、今度下町で会ったときにね」


「……ありがと。

 ……下町で?」


「うん。お城で会えないからね。今度、お店回りしよう」


 ここで終わりの縁とテレサは思っていたが、クレアは違うと思っていたらしい。だめかなと聞かれてテレサは慌てて首を横に振った。

 その夜、色々と話し合って、翌日寝不足の顔で大変だった。



 クレアが去った後しばらくテレサは一人部屋だった。


「あーあ、さびしい」


 半年も一人。さすがに鳴く。そういえば、最初はそうでもなかったとテレサは思い出した。さらに半年すればこの針子部屋を出ることになる。

 テレサは三年の契約を更新しない。もう、こういうところはこりごりだった。師匠の下で師匠計画性っ! といいながら生活するほうがいい。

 溜まった貯金も悪い顔になるようなくらいある。リボンコレクションの拡充とコレクションボックスの発注。これは急務である。


 それにと、作りかけの布に視線を向けた。結婚式に参列するような長期休暇は針子には許されない。

 本当は送るだけのつもりだったものだ。憧れのレースとフリルである。この世にないのがわかるけど哀しいと訴えていた、難物。結婚祝いには足りるだろう。テレサは間に合わないと焦っていたのだが、結婚式のほうが延期したのだ。

 何事かと思えば、最高に美しいウェディングドレスのために結婚式を延期という理由だった。

 彼女の夫になる男性と父親が結託した結果がそうらしいので、クレアはいい相手を捕まえたのだろう。本人は呆れていたようだが。


「私も誰かいないかなぁ」


 テレサがその言葉を曲解されたかのような謎の出会いをするのは別の話である。

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