その風の匂いは
寄せて返す波はいつも違う。同じようでも少しずつ違った。
人の子も同じようで、みな違う。
「やあ、うみの」
久しぶりの声にその方向を見れば、渦巻く風があった。
海とは違う匂いがした。
小さな獣にそれは姿を変えた。白い羊のようなもこもこはなんとなく作ったものだろう。実際あるものである必要もない。
風は、風でしかない。
海にしかいないというわけでもない。
「遠出はきついな。
おまえももうちょい内陸に来なよ」
「何しに来た」
「婿をもらうというので挨拶がいるかと思ってな。
うちも一人渡したようなものだから帳尻は合うだろう?」
「貴様のところだったか」
「うん。
勘の良さがあると思ったけど、小さいころは見てたんだな」
「船に乗りたいと言っていたのに」
「うちも職人になるとか言ってたのに、冒険が呼んでるとか言って消えたぞ。諦めろ。人の子、自由過ぎる」
「知っている」
「見過ぎるのも今どきしんどいぞ。
まあ、寂しいけどな」
「知っている」
「……あー、時々、遊びに来てやってもいいぞ」
「いらん」
「この、俺の、好意を!」
「そっちに行く」
「は?」
「もてなせ」
「はぁ!? ふざけんなよ。そっちもなんかもってこいよな」
「当たり前だろう」
「偉そうだな。みみっちいいたずらしたくせに」
「大したことはしてない。
人がきちんと確認していれば、全部、防げた。怠慢だ」
「……ほんと、拗ねちゃって」
「もう決まったのだから、なにもしない」
「そうだといいけどね」
波の音も同じようでいつも少し違う。
どれも同じではない。
「波の残った後はレースみたいできれいらしい」
「そうだな」
「人の手で作って残したいと思ったこともあるそうだよ。
別に、忘れたってどこか残ってるよ」
「さっさと帰れ。半分減ってるぞ」
「ここいらは風が強いな。
じゃ、また」
そういって白いもこもこはほどけて消えた。消えたように見えるが、小さくなって遠くまで行った。
軽くて、いつでも遊び歩いているやつだった。
誰かにつき合うなんて面倒というものが、長く一つの地にいる。モノ好きというものもいるが、そこだけは好ましくも思う。
この地を離れがたいという気持ちにも似ていて。
見守っていてねと話した子供はとうに亡く。その遠い血が残るのみ。
それでも。
「……しばらくは、騒がしくなりそうだ」




