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騎士団の繕い係  作者: あかね


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うみのもの 後編

 翌日、目的の大叔父さんの家を訪問した。

 今日は大人しくしているよう言い含めた息子。わかってんのかわかってないのか、うん! と言っていた。あまり期待はできないなぁと遠い目をしてしまう。

 危ないことを回避するだけに注力したい。あとあの矢のような突撃を止めなければ……。


 大叔父さんというのは、ざ・海の男、という感じだった。大柄でヒゲで、少々傷がある。結婚するときに会ったときもなにか既視感があるなと思ったら、息子が叫んだ。


「ロロ!? ロロがいるよっ!」


 叔父の冒険記の挿絵にいたな、こんな人。いまさら思い出した。うちの叔父にも話をせねばならんようだ。

 苦虫をかみつぶしたような顔で見られてしまった。穏便に挨拶というのは遥か彼方に。


「全く、少しも怖がりもしないとは。つまらん」


「叔父さんがいい人ってのはわかるんだよ」


 アトスはロロと興奮する息子を確保している。息子に叔父さんは具合が悪いから静かにねと言い聞かせもしてくれていた。体調が良くはなっているが、無理はさせられないとここに来る前に義父にも言われている。

 今日は血色もよさそうだけど、長居はしないほうがいいだろう。


「ああいうのはな、貧乏くじというんだ。人の良さというがな、あのへらりとした顔が腹が立つ。

 お嬢さんは似てないな」


「母方の顔です。

 叔父がご迷惑をおかけしていまして」


「ほんとうにな。

 くたばってはいないだろう?」


「残念ながら、とっても元気です」


「ふん」


 その話はそこで終わりだった。お土産などを渡したりしたあとに私たちは養殖場を見学させてもらった。孫娘さんのエディさんが案内をしてくれた。彼女は結婚式のときにもちょっと会ったことがある。

 祖父は口が悪くて済みませんと恐縮していたが、職人、わりと口が悪いの普通だったりするので慣れてたりする。気にしてませんよ、照れ隠しと思ってますのでと言えば、孫娘さんからの見る目が変わったような気がする。


 職人の人と話しているうちに貝の殻剥きをしてみることになったけど、意外と難しい。アトスは手慣れているから、よくここに来ていたのかもしれない。


 なお、この見学の間、息子はなぜだか大叔父さんのところで待つことになっていた。まあ、危ないところはあるからそれでよかったんだけど。

 戻れば楽しそうな声が聞こえてきた。私たちが戻ったことに気がついてはっとしたように大叔父さんが、気難しい顔に戻った。

 息子は変なのという顔になっていたが、空気読んで何も言わなかった。えらい。そこで何か言われたら笑ってしまうかもしれなかった。


 眠そうな息子を揺り椅子に預けて、大人は商談にはいることにした。

 貝から時々出てくる真珠。円に近いもののほうがもてはやされる。それに大きいものも。小さい歪なものはあまり注目されず、細々と取引されている程度らしい。あまり商売っ気もないところもあり、欲しいなら持っていけば、という話に……。

 あ、これは、いかんとエディさんと目くばせをした。

 装飾品ですし、女同士で決めますねと話を切り上げた。相手も同意してくれた。ちょっとほっとしているようにすら見えたので、こういう話は苦手なんだろう。


 言質はとったので、以降エディさんと交渉をすることにした。大叔父さんのところに訪問した翌日、女二人でお出かけしてきますねと息子と夫を置いて商談。

 優しげでも手ごわかった。

 最終的にはがしっと握手をして終わらせられたけど。


「買い叩いてもいいのに、どうしてわざわざ商談するの?」


「長い付き合いするんなら、ちゃんとしたほうがいいよ。

 独自販路を死守するためなら初期投資は必要だし。信頼はこれからお互い積み上げていきましょう」


「そうね。

 うちも新しい風が必要だったの。あまり外に出ようとしない一族だから」


「そうなの?」


「海を離れると恋しくて戻っちゃうんだって。私はまだ出たことないからわからないわ」


「良ければ今度、王都まで来る? 実際、商品を作られて売られているところ見るのも意義があると思う」


「そのうちにね。祖父も心配だから」


 大叔父さんの病状はなんとなく聞いてはいけない雰囲気を感じて、深くは聞いてなかった。ほかの人もいないからとちょっと踏み込んで聞いてみた。昔からの持病が一時悪化してまずかったらしい。ただ、先週あたりから徐々に回復し今はいつも通りだそうだ。

 医者も驚く回復は、お節介野郎のせいだ、と言っていたという。


 お出かけという建前を真実にすべく、買い物を楽しんだ後に滞在先に戻った。

 今日も今日とて船を見に港に行った息子と付き添いのアトスが出迎えてくれた。先に戻っていたらしい。


「海風が恋しくて戻っちゃうって話を聞いたんだけど、本当?」


「俺はないですね。

 風はどこにもあります」


「潮風はちょっと違う気はするんだけど」


「うみは、おおきいのー」


「そうね。おっきいね」


 話に混じってきた息子にそう返したが、なんか不満そうにぷっと頬を膨らませた。それは可愛いだけだ。拗ねた息子にお土産を渡して機嫌を取りつつ、今後について考える。

 父からの用事がいくつかあるが、それを終えても数日は暇になりそうである。


 息子を見た。

 キラキラした顔でお土産のおもちゃの船を見ている。時間があるというと全日程船になる。間違いない。

 同じように息子を見ていたアトスがものすごい気まずそうな顔をしていたことに気がついた。


「……クレア殿に詫びなければいけないことがあるんだ」


 改まったような言い方に嫌な予感がした。


「船に乗って、島に遊びに行くって話になってしまって、止められなかった」


 数年の時を経て、船に乗り込んでいくことになったらしい。

 乗り気の息子、孫に甘い祖父母とその他大勢。さらに船に乗るのを生業としている者たちに、船好き乗りたいどこか行きたいと言えば、こうなるだろう。

 予想してしかるべきだった。


「…………。

 いざ行かん。冒険の海へ」


 自分が居ても止められる気が少しもしないので、なるべくしてなった、ということにしておこう。

 こんなに海にドはまりするとは……。海の男の血というものがあるんだろうか。


「おじーもいくのー」


「叔父?」


「その、大叔父さんのことらしい。一緒に行く絶対行く、行かなきゃダメなのくらいの行くらしい」


「病気回復したといえ、どうなのかな」


「一応連絡したら行くって」


 ……アクティブだな。海の男。

 そうして、海に行く予定が立ったのである。


 その日の海は穏やかだったらしい。

 海の初心者にはわからない。少々の酔いなどに悩まされながら、島にたどり着いた。元気いっぱいの息子が走り回る中、私はと言えばがっつり介護されている。

 下船するときにお姫様抱っこで恥ずかしいとかそういうのいったん置こう。揺れない地面、素敵すぎる。


「私、陸のイキモノだわ」


「そのうちに慣れますよ。

 少しリオネルを追ってきます」


「よろしく」


 不甲斐ない母で済まぬ。

 お水を飲みつつ日陰で休ませてもらう。船員たちの一部も降りてきて休む場所の設営とかしている。ここは無人島であるらしい。

 領主の許可がなければ降りれぬ特別な場所、と聞いたのが船の上。みんな知っているからわざわざ言わなかったらしい。知らない人いると思わないくらいに有名な場所。

 海の主の住処という噂もある。


 うちの領地にある特別な森と同じ匂いがした。


「クレア殿、隣良いかな」


「どうぞ」


 大叔父さんが少し疲れたようにどっかりと座った。


「アトスは、役に立っているか?」


 心配そうな口ぶりは親戚の叔父さん以上の何かを感じた。


「父がとても褒めていました」


「それは、良かった。

 王都に行くように言ったのは、儂だ。ここでは辛かろうと。よい縁を得られてよかった」


 しみじみとそういう。


「昔は海が好きな子だったんだ。大叔父さんと一緒に海に出ると言っていたんだが、今、実現するとはな」


「今も好きだと思うんですけどね」


 アトスが故郷を語るときの声は少しだけ、切なげではあったけど。

 波の音は同じようで違い、遠いところからきれいな石や削られて丸くなったガラス、よくわからない海藻も打ち上げられている。

 そう言っていたのはどこかと思っていたが、たぶん、ここなんだろう。港はホントに船着き場で砂浜ないし。


「そうだといいが」


「少なくとも今は楽しんでますよ」


 アトスは息子を追いかけてる。足早いな、息子。砂地で走る方法をどこで習った。


「あの子も」


「はい?」


「海風に気に入られたようだな」


「ですかね……」


 ぼく、うみのおとこになる! となんだか饒舌になっていたのを見ると不安になる。なにか、勘違いしてないか。海賊じゃないぞ。戦わないぞと。


「また、来なさい。

 ここは、君たちを歓迎する」


 変なことを言われたなと思って大叔父さんに視線を向けたら、そこには誰もいなかった。

 その姿をさがせば数歩先にいた。ただ、声は隣、というか後ろから聞こえたような……?


「なにか、言いましたか?」


「いや、なにも」


 そういって大叔父さんは、何かに思いあたったようにニヤリと笑った。


「ここには幽霊が出るという噂があってな」


「あ、私、息子とあそんできますねーっ!」


 幽霊とか私苦手なんだよっ!

 嫌ななんかを振り払うべく、砂浜に駆け出した。


 日焼けと砂浜と潮風の記憶は、ずっと残ることになった。

後に、息子は、うみかぜさんはマッチョだったという謎の言葉を残した。

余談ですが、後年リボンに執着を見せるリオネル、あれはあらゆる結び方をマスターするための適当な紐が他になかったからだと随分あとになって判明します。布が好きなのではなかった。

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