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第二王子の幸福

「エミィ。今日の放課後、少し話があるんだけれど……」

 そう告げた瞬間のエミィの表情が忘れられない。

 驚いたような表情をしたかと思えば、顔からさっと血の気が引いていく。

 そんな顔をするなんて思いもしなくて動揺をしていたら、露骨に視線をそらされた。

「わかりました」

 そして、何かをあきらめたような表情でこくりと頷れ、逃げるように去られてしまった。


 しようとしていた話自体はそんなに大したことでもなかった。

 もしかしたらエミィがマリア嬢と私の仲を疑っているかもしれない。そんな風に思う出来事が何度かあった。

 エミィの友人だからといって、少々親しくし過ぎたことや、軽率にエミィにマリア嬢の話をして聞かせたことは良くなかったかもしれない。

 その誤解を解いておきたいと思ったけれど、そんな話をするのに護衛のついた馬車の中では少々都合が悪い。

 だからこそ放課後に時間がほしいと告げただけだった。



 それなのにエミィは思いつめた表情をしている。

 今もそうだ。放課後になって中庭までエスコートしているが、隣にいるエミィの表情は優れない。

 二人の間に誤解が生まれている。それだけは確かなことだとわかるけれど、エミィがどんな気持ちでいるのかまでは推し量れなくて、どうすれば良いのか戸惑ってしまう。


「リチャード様」


 そんな重い空気の中、口火を切ったのは意外にもエミィの方だった。

 すぅと大きく深呼吸をしたかと思えば真っ直ぐな視線が私を捉えている。

 その視線に私の心臓はドキリと跳ねた。

 どこまでも真っ直ぐで可愛らしい少女。そんな仕草で私はエミィの事が好きだと再確認する。


「貴方のことを心からお慕いしております」


 次の台詞を聞いた瞬間、私の心臓が撃ち抜かれたかと思った。

 あまりに思いつめた表情で告げられたそれが、熱烈な愛の告白だったからだ。


「だから……どうか幸せになってください。それが私の心からの願いです」


 けれど、続く言葉にこれが単純な愛の告白でないことは容易にわかった。

 エミィの中でどんな葛藤があってこの台詞が出てきたのかはわからない。

 それでも、私は舞い上がりたくなるほど嬉しかったし、頬が緩むのは止められない。


「エミィ?」

 笑顔の私とは裏腹に不思議そうな表情をするエミィ。

 そんな表情も可愛らしいと思うけれど、今は誤解を解くのが先だろう。

「何か勘違いしてるみたいだけど……」

 ふぅと息を吐いてからそう告げると、エミィは驚いた表情を見せた後に顔を赤く染める。

 やはりこれも予想外の反応だったようだ。


「でも、すごく嬉しいよエミィ」

 そんなエミィをぎゅうと抱き締めて、耳元でささやくとエミィは混乱を隠せぬようであたふたとしていた。

 呼び出しの際に見せた表情もそうだけれど、やっぱりエミィは何か勘違いをしている。

「リチャード、さま……?」

 不思議そうな顔をしてこちらを見上げてくるエミィに、言うべきことは一つしか思いつかない。


「私もエミィの事が大好きだよ」

 笑いながら告げるとエミィは驚きに目を見開く。

 ずっと持っていた気持ちだけれど、こうやって言葉にするのは初めてだった。

 婚約者ではあったけど、どこかで兄のように思われているのも察していた。だからこそエミィの気持ちが固まるまではと、あえて言葉にはしてこなかった。

 その気持ちをこうやって告げられることが、こんなに嬉しいだなんて思ってもみなかった。

「う、そ……」

 小さな声を漏らしながらエミィは完全に固まってしまった。

 そんなに予想外の言葉だっただろうかと思うと、そっと苦笑がもれた。


「嘘じゃないさ。好きだよ、エミィ」

 指先でそっと頬を撫でながらもう一度気持ちを告げる。

 ずっと堪えてきた言葉だけれど、もう躊躇う必要もない。エミィに信じてもらえるまで何度でも言おう。

「リチャード様……」

 名前を呼ばれ、おずおずと背中にエミィの腕が回る。

 そのぬくもりを感じながら、エミィの顔を見ると嬉しそうな顔をしていた。

 ああ、やっと思いが通じ合った。

 これ以上、言葉は要らないだろう。


 エミィの頤にそっと指をかける。

 視線がかち合って、エミィはゆっくりと目を閉じた。

 そっと唇を寄せて柔らかく口付ける。


 ああ、私は今これ以上ないくらいに幸福だ。

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