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15歳 その11

「エミィ?」

 顔を上げると視線の先でリチャード様は笑っている。

 その表情の意味がわからなくて、私はただただ戸惑うばかりでいた。

 どうしてお別れを前にして笑っているんだろう。こんな表情、いくらなんでも想定外だ。

 私と別れられることが嬉しいから? たとえそう思っていたとしても、こんな表情をするだなんて流石にあり得ない。リチャード様がそんなひどい人ではないことは私が一番よく知っている。

 今のシチュエーションと目の前のリチャード様の表情がどうにも噛み合っていなくて、混乱してくる。

 何を思ってそんな顔をしているのか。私の理解の範疇を超えていた。


「何か勘違いしてるみたいだけど……」

 そう言うと、リチャード様はふぅと息を吐き出す。

 勘違い。というその言葉に、そこでようやくリチャード様と私の間で、何かがすれ違っている事に気が付いた。

 もしかしたら、別れのイベントはまだ先だったのだろうか。

 自分から話題を切り出してしまったから、リチャード様からはまだ何も言われていない。

 もし、違う話のために呼び出されたのだとしたら。そこで先走って別れの台詞を告げてしまったのだとしたら……恥ずかしさから、かぁと体温が上がっていく。

 どうやったら先ほどの台詞を無かったことにできるだろうかと頭を抱えたくなった。


 そんな私の混乱をお構いなしに、リチャード様からぎゅうと抱き締められた。

「でも、すごく嬉しいよエミィ」

 耳元で弾んだ声が聞こえる。嬉しい? 嬉しいってなんだ?

 と、それが先の台詞への返答だと気が付いて、余計に戸惑ってしまう。

 やっぱり婚約解消を喜んでいるのだろうかとネガティブな感情が一瞬よぎったけれど、この反応はそれとはあまりにも違い過ぎるだろう。

 だとしたら何が嬉しいのだというのか。私の告白が? まさか。

 リチャード様はマリアを好きになったはずではなかったのか。

 でも、今日の呼び出しが婚約解消じゃないとしたら、それすらも勘違いな可能性がある訳で。

 ああ、もう。頭の中がパンクしそうだ。 

「リチャード、さま……?」

 顔を上げてリチャード様の表情を伺うとやっぱり微笑んでいる。

 どうしてそんなに上機嫌なのか、私にはわからないままで。戸惑いだけが大きくなっていく。


「私もエミィの事が大好きだよ」

 そして、にっこり笑って告げられた言葉に私は驚きで固まってしまった。

 リチャード様が私の事を好き? 本当に? どうして?

 あまりにも都合のいい台詞が聞こえてきて、自分の耳を疑った。

「う、そ……」

 口からは言葉にならない声が溢れ出す。

 今、目の前で起きていることがどうしても現実だとは思えなくて、固まったまま動けない。


 こんな展開、私は知らない。エイミー・シュタットフェルトはあくまでも仮初の婚約者で。ヒロインにはなれない当て馬で。

 こんな風にリチャード様から好きだなんて言って貰えるはずもないポジションなのに。

 なのに今、私の身に起きているこれは何だ。

 ゲームのシナリオ通りなら、ここでリチャード様は婚約解消を告げてくるはずで。

「他に好きな人ができたんだ。すまない」って申し訳なさそうに頭を下げるその姿を私は知っている。

 その返答を予想して、涙をこらえて伝えた台詞の返事は予想していたものと真逆だった。

 どうして? いつから? ゲーム通りじゃなくなったんだろう。

 リチャード様にとってのエイミーは、妹のように思っている婚約者ではなかったのか。

 そう思っているとしたならここで、「好きだ」なんて台詞が返ってくるはずもない。

 さっきからずっと自分の中の許容量をオーバーした出来事の連続で、混乱しっぱなしだ。


 そんな私の混乱っぷりがおかしいのか、リチャード様がくすりと笑う。

 指先でそっと頬を撫でられて、その指の感触にゆっくりと現実味を帯びていく。

「嘘じゃないさ。好きだよ、エミィ」

 そこでサラリと重ねられた言葉に、ようやくこれが現実なんだと実感が湧いてくる。

 リチャード様から好きだと言われた。私の恋心は一方通行じゃなかった。思いが通じ合っていた。

 じわじわと湧きあがってくる嬉しさと、抱きしめられたまま囁かれている現実に顔が熱い。

「リチャード様……」

 溢れ出しそうな思いを抱えたまま、なんとかその名前を呼ぶのが精一杯で。

 私も好きですと伝えたいのにうまくいかない。

 だけど、この気持ちを何とか伝えたくて、少しでも伝わるようにとリチャード様の背に腕を回して抱きしめ返す。


 それ以上、言葉を重ねる必要は無かった。

 そっと、頤にリチャード様の指が触れる。視線がかち合って、自然と目を閉じた。

 ふわりと唇に温かくて柔らかな感触。それはどこまでも優しい口付けだった。

 

 ああ、もう。幸せで、幸せで、苦しいくらいだ。

 幸せ過ぎても涙があふれてくることをこの時はじめて知った。

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