15歳 その6
そうして街のあちこちをふらりと見て回った後は休憩がてらカフェに来た。
「んー。美味しい」
今日のおすすめであるベリーのタルトを食べていると思わずそんな声が出た。
それはサクサクのタルト地に甘さ控えめのカスタード、たっぷりのベリーが噛み合ってとても素敵な逸品だった。
折角またこのカフェに来れたのだ。前回は色々あってあまり味がわからなかったけれど、今回は十分に堪能したい。
しっかりと味わうように少しずつ食べ進みながら、程よい温度の紅茶を口に含む。
「それは良かった」
そんな私の前でリチャード様は紅茶を飲みながらにこにこと笑っている。
ああ、本当に幸せなひと時だ。
だけどそんな幸せは長くは続かなかった。
「そういえば……この間気付いたのだけれど、前回街に来た時にマリア嬢と会っていたみたいなんだ」
リチャード様から発せられたその言葉を聞いて、フォークを持つ手がピシリと固まる。
どうやら過去に出会っていたことを思い出すイベントは既に終わったらしい。それは確かゲーム中では後半のイベントではなかったか。
二人の仲が予想以上に進展していたことに、忘れていた痛みがズキンと胸を刺す。
お揃いの指輪を貰って完全に浮かれていた。リチャード様の婚約者は私なんだとそんな優越感すらあったかもしれない。
けれど、そうだ。私はヒロインじゃない。いつか婚約解消されるただの当て馬で。
どんなに想ってもリチャード様は私を選ばない。最後に選ばれるのはマリアだ。
「……そう、なんですね」
あまりに突然のことにうまく笑うことすらできない。頷きながら誤魔化すようにタルトを口に含んだけれど、砂を噛んだような気分になった。
「エミィ?」
突然険しい顔をした私に驚いたのだろう、リチャード様がこちらを伺うように見てくる。
「いえ、ちょっと驚いてしまって」
無理矢理に笑顔を作って顔を上げる。リチャード様の心配そうな表情に申し訳ない気持ちが湧いてくる。いつもそうだ抑えきれない嫉妬心でこうやって心配をかけてしまう。
「大丈夫だよ、エミィ」
ふ、とリチャード様が微笑んだ。その笑みがあまりに綺麗で思わず見とれてしまう。
「私にはエミィだけだ」
そう言って私の手をそっと握る。その体温にドキリと心臓が跳ねた。
私の醜い嫉妬心なんてまるでお見通しかのような言葉に、私は頷くしかできなくて。
どうして今その言葉をくれたのかはわからない。だけど今だけはただその言葉に縋り付いていたかった。今はまだリチャード様の婚約者で、唯一なのだと。
帰り際、リチャード様にふわりと抱き締められた。
「エミィ」
名前を呼ばれて顔を上げるとリチャード様はどこか困ったように笑っている。
「私の可愛いエミィ、そんな顔をしないで」
抱きしめる腕の力が強まって、耳元でささやかれる声。どこまでも甘いそれらに私の顔は赤くなっていく。
やっぱり私の嫉妬心なんてリチャード様にはお見通しだ。
カフェから出た後、どうしてもぎこちなくしか笑えなかったことに気付かれてるからこその言葉だろう。
心配なんてかけたくないのに、リチャード様を好きな気持ちがどうしても邪魔をする。
大好きだから、私だけのリチャード様でいてほしい。そんな醜い嫉妬心。
「リチャード、さま……」
今この時だけは、この腕の中にいる時だけは、リチャード様を独占してもいいだろうか。
ぎこちなく抱きしめ返すとリチャード様の体温をもっと傍に感じる。ぎゅっと目を閉じて柔らかく暖かなそれを堪能する。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
謝罪の言葉を告げると、リチャード様は変わらず困った顔で笑っている。
「謝ってほしい訳じゃないよ」
そう言いながら私の頭をゆるゆると撫でて。心地よいその感触に身を任せる。
「エミィには笑っていてほしいな」
今、私はとてつもなく幸せだ。だから大丈夫。今ならちゃんと笑えるはず。
そんな風に自分に言い聞かせてから、ゆっくりと顔を上げてリチャード様と向き合う。
「そう、ですよね」
「……エミィ」
そんな私に対して、リチャード様は何ともいえない表情でこちらを見ている。
今の自分が上手く笑えていないことに気が付いて、何だか余計に泣きたい気持ちになった。




