15歳 その2
学園について入学式を迎える。
在校生代表の挨拶はやっぱりというかリチャード様で、大勢の前で堂々と挨拶する姿はとっても凛々しい。
うっかり惚れ直してしまいそうなほど格好いい姿にほぅとため息が漏れた。
リチャード様はやっぱり素敵な人だなと再確認する。
そんな入学式の最中、思ったより簡単にヒロインを見つけることができて拍子抜けした。
ブルネットにブラウンの瞳。そんなありきたりの容姿にもかかわらず、どうしてか目を引く少女が一人いたのだ。
とびぬけて可愛らしいとか美人だとかそういったことでも無いのに、人目を引く。まさに物語のヒロインにふさわしい少女だった。
そしてその少女は、なぜか私に友好的だった。
「はじめまして。私マリア・ロレーヌと申します」
教室について自然に隣の席に座ってきたかと思えば、そうやって話しかけられて驚いた。
「はじめまして、ロレーヌさん。私はエイミー・シュタットフェルトです」
ごくありふれた自己紹介に、同じように自己紹介を返すと目の前の少女はふんわりと笑う。
「よろしければマリアと呼んでください。さん付けもいらないので」
「ええ、マリア。では私の事はエイミーと」
「ありがとう、エイミー。よろしくね」
そうしてそっと互いに手を取って握手を交わし、私たちは友人となった。
初めて出会った相手に対し名前を呼び捨てでいいなんて随分性急だなとも思ったが、特に悪い気はしない。
初対面なのにこの距離感の詰めようが許されるのもヒロインならではだろう。笑顔で告げられた言葉に嫌味なところは少しもなく、むしろ好感を覚える。なんだか私が攻略されている気分だ。
攻略――で思い出した。ゲームでも確かにここで誰に話しかけるかの選択肢があったなと。
他の攻略対象ではなくエイミーに話しかけた場合に好感度が上がるのはフィリップだけではなく、リチャード様もだ。
ゲームをしていた際は何故だろうと思っていたけれど、自分がエイミーになってみてわかる。この後マリア・ロレーヌという少女と仲良くなったとリチャード様に話すことは想像に難くない。そこで自分の婚約者と親しい人物として好感度が上がるという仕組みだろう。
確かこの選択肢でリチャード様とヒロインの初対面のイベントも、既に名前を知られているか否かで少しだけ変わるはずだ。
こうやって自分がその渦中に入ると、いよいよ本格的にゲームが始まったのだということを嫌でも思い知らされる。
そうはいっても、この世界はゲームではなくまぎれもない現実だ。どこまでゲーム通りに話が進むのかもわからない。
しかも、エイミーの視点だとどこまでゲームの内容どおりに進行しているのかわからないことの方が多いだろう。
できることと言えば、いざという時の心構えをしておく事以外にはないのかもしれない。
そしてそのいざという時は思ったより早く訪れた。
入学式から数日、マリアは今日も隣の席に座るとおはようと声を掛けてくれる。
「そういえば、エイミーの婚約者ってリチャード殿下なのよね?」
「ええ、そうです」
「さっき偶然会ったんだけど良い人そうだね」
どうやらマリアとリチャード様の出会いイベントが起きたらしい。
確かに今日はリチャード様が朝から用事があるとかで一緒に登校しなかった。そこで二人の出会いがあったとはなんとも都合のいい。
けれど、まさか本人からリチャード様との出会いについて聞かされるとは思ってもいなくて、心臓がドキリと跳ねる。
「エイミーと仲良くしてくれって頼まれちゃったわ」
そんな風に言うと、思わず見惚れてしまいそうな笑顔で屈託なく笑う。
さすがヒロインというか、マリアの笑顔は本当に可愛らしい。この笑顔を向けられたら誰しもが好意を抱くに違いないと思えてしまうほどだ。
「まあ、リチャード様ったらそんなことを言ってらしたの」
「随分、殿下から大切にされてるんだね。うらやましい」
うらやましい――多分マリアにとっては何気ない言葉だったのだろう。けれど私はその言葉に少しだけ胸が痛んだ。
今は確かにそうだ。周りがうらやむくらいリチャード様から大切にされている。
けれどその関係もいつまで続くのか。うらやましいと言ったマリアを大切に思うようになるのはいつの事か。
リチャード様とマリアが出会った今日が、綻びの第一歩目じゃないかと疑ってしまう。
ゲームの知識という前提条件があるとはいえ、婚約者と友人を疑うなんてあまりにもひどい行為だと思うと更に胸が軋んだ。
帰りの馬車の中、リチャード様に思い切ってマリアの事を話題に出してみる。
「今朝、マリアと会ったと聞いたのですが」
「ああ、エミィの友人に会えてよかったよ」
相槌を打ちながらリチャード様は嬉しそうに笑っている。やはりというか二人とも第一印象は良い物だったに違いない。
しかし、それに少なからず私の存在が役立っているというのだから何とも皮肉なものだと思ってしまう。
「マリアの事どう思いました?」
「いい子だと思ったよ。エミィの友人にふさわしいね」
思わず聞いてしまった言葉に、リチャード様は何の気なしに返す。
流石にこの時点で恋をしたなんてことはなさそうでほっと息を吐いた。
二人はまだ出会いのイベントを済ませただけなのにこんな風に気になってしまうなんて本当にどうかしてると思いながらも、自分の気持ちが止められないでいた。
ここから二人の物語が始まる。そんな予感がして仕方なかったのだ。




