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13歳 その6

「エミィ! 急に居なくなってしまうから心配したよ」

 待ち合わせ場所で合流すると人目もはばからずリチャード様に抱きしめられた。

 驚いた私にリチャード様は少し困ったような顔を向ける。

「だから手を離さないように言ったのに」

「ごめんなさい。リチャード様……」

「とにかく無事でよかった」

 腕に込められた力が強くなり、私はますます恐縮してしまう。

「疲れただろう? カフェで少し休もうか」

「はい」


 カフェに入り名物のケーキセットを注文する。

 その間も私はそわそわと落ち着かない気持ちでいっぱいだった。

 リチャード様とヒロインの邂逅。それが私たちの関係にどのような変化をもたらすのか。

 それとも変わりなく過ごせるのか。それがわからなく戸惑ってしまっている。

「エミィ。大丈夫かい? さっきも調子が悪そうだったって聞いたけど」

 うつむきがちの私にリチャード様の優しい声がかかる。

 侍女から先ほどの様子の報告を受けていたらしく、心配そうな眼差しで見つめられる。

「少し人に酔ってしまっただけなので……こうして休めば大丈夫ですわ」

 イベントになんて気が付かなければよかった。浮かない顔なんてしたくなかった。

 折角街に出て楽しい1日になるはずだったのに、こうやって心配をかけてしまうことが申し訳なくてたまらない。

「それならいいんだけれど」

「そうだわ。良かったらこれを貰っていただけませんか」

 不穏な方向に進みそうな話を逸らしてしまいたくて、プレゼントを取り出した。

「ん? 何かな?」

 不思議そうな顔をするリチャード様に、プレゼントの包みをそっと差し出す。

「先ほどのネックレスのお礼です」

「ありがとう。開けてみても?」

「ええ」

「これは……」

「あの、今日の記念にお揃いのものが欲しくて……」

 プレゼントの包みを開けた瞬間リチャード様の動きが止まる。

 やっぱりお揃いは重かったかな。なんて思いながらも言い訳めいた言葉をつぶやく。

「とっても嬉しいよ。本当にありがとう」

 だけど、次の瞬間リチャード様は本当に嬉しそうに微笑んでくれた。

「学園に行くときは毎日着けるね」

 そんな言葉が嬉しくてたまらない。悩みはしたけれど、これを選んだ事に間違いはなかったと思えたのだ。


 運ばれてきたケーキセットはとても美味しかった。と、思う。

 結局、先程の事が尾を引いていてあまり味がわからなかった。

 リチャード様とヒロインの出会い。そこで何があったのかを考えながら食べていたのでは、折角のスイーツの魅力も半減する。

 今、目の前にいるリチャード様は、ヒロインと出会う前と特に変わりが無いように思う。

 やっぱりあの出会いは些細なイベントでしかなかったのだと思う反面、内心まではわからないと囁く私がいる。

 ヒロイン――マリア・ロレーヌに出会って、リチャード様が何を思ったのか。そんな事は私には知る由もない。

 ゲームのシナリオ通りであれば少しだけ気になる程度の存在ではあるけれど。もしかしたら、一目で恋に落ちたという事もあり得るかもしれない。

 たとえ思う人が出来たとして、リチャード様が私への対応を変えるとは限らないのだから。


「やっぱり、今日はこれで終わりにしようか」

「え?」

 唐突に思いがけない言葉を掛けられて、間抜けな声が出た。目の前のリチャード様は少し困ったような顔をしてこちらを見ている。

「さっきから、難しい顔をしてるよ」

 失敗したと思っても時すでに遅し。リチャード様とヒロインの事を考えてうじうじしていたのに気が付かれてしまった。

 今考えれば確かにケーキが来ても気もそぞろで、リチャード様との会話も話半分だったように思う。これで気付かれないほうが無理がある。

「嫌だわ、私ったら……」

「はぐれてる間に何かあった?」

「いえ……」

 緩く首を振って誤魔化すように言うと、リチャード様は少しだけ愉快そうに笑う。

「もしかして、私が女性と一緒に居るのを見かけた。だとか」

「っ!?」

 何を考えているのか図星を指されて固まってしまう。あの時私が見ていた事にリチャード様も気が付いていたのだろうか。

「やっぱり見ていたんだね。彼女とは偶然ぶつかってしまっただけだよ。名前も知らない」

 気に掛かっていたヒロインとの関係を本人から知らされて、かぁと顔が熱くなる。

「でも、エミィが嫉妬してくれてるなら嬉しいな」

 にこにこと笑うリチャード様。そうだ。私はヒロインに嫉妬していた。そんな権利なんて本当はないはずなのに。

 それで折角のリチャード様との時間を台無しにしてしまった。

「ごめんなさい……私……」

 そんな自分が恥ずかしくてうつむきながらなんとか謝罪の言葉を述べた。

「謝る必要なんてないさ。私も同じことがあったら嫉妬するだろうしね」

 サラッと言ってのけるリチャード様に私はびっくりして顔を上げる。

「婚約者なんだから当然だろう?」

「そう……ですね」

 今はまだ婚約者だ。こんな反応も可愛い嫉妬で済ませて貰える。

 でもいつか……嫉妬しても、どうしようもなくなる時が来る。その時の事を思うとぎこちなくしか笑えない自分がいた。



 その後、結局帰ることはなく街中を散策することになった。

 今度ははぐれないようにしっかり手を握られながら色々なところを見て回る。

 それはささやかな嫉妬なんて忘れてしまうくらい楽しい時間だった。


「リチャード様、今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」

「私も楽しかったよ。エミィ」

 にっこり笑ってリチャード様にお礼を言うとリチャード様も笑い返してくれる。

 色々な事はあったけれど最終的には楽しい一日だった。お揃いのアクセサリーだって今日のいい思い出だ。

「また連れてきてくださいね」

「ああ、必ず」

 そんな次の約束がたまらなく嬉しかった。

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