表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/94

91.シスコン悪役令嬢、告白と決意……そして主導権

R-15程度の表現を含みます

 フィアナは瞳を揺らしながら私を見つめる。恐らくあの行為をした後、そのまま布団に飛び込んだのだろう服はあちこちしわくちゃで、もしかしたら泣いたのか目が赤かった。


「あ、ああの、そのっ」


 私がベッドに腰かけるとフィアナは慌てふためいたが、私は気にせず彼女に向き合う。


「落ち着いて。ほら、深呼吸深呼吸」


 このままじゃ碌に話も進まなさそうなので、努めて穏やかにフィアナに声を掛ける。彼女は私の声に従って何度も大きく呼吸を繰り返して漸くワタワタとしていた動きを止めた。これならゆっくり話も出来そうである。


「それじゃ……えっと、聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」


 そしてもう一度問う。しかし、私が次の言葉を続ける前にフィアナの声がそれを遮った。


「……ごめんなさい」


「どうして、キスな──え?」


 ふと気が付いたら、フィアナはポロポロと涙を流していた。


「ごめ、なさっ。私、どうしたら、いいか、わかっ、なくて……うぅっ」


「わ、ああああっ、フィアナ!? 違うのよ!? 責めているわけじゃなくてね!?」


 そして今度は私が慌てふためく番になった。まさか泣き出すなんて思っているわけもなかった。だけど、それだけフィアナにとっては思い詰めたことだったのだ。自分の浅はかな聞き方に後悔することになった。


「え、ええっと、えええっと! ふぃ、フィアナ!」


「っ!」


 結局、私が起こした行動はフィアナを抱きしめることだった。切羽詰まった状況で思いついたこと、というかこうするしか頭に浮かばなかっただけなのだが。


「大丈夫、大丈夫だからね……」


「……おねえさま」


 幸いなことに私の行動は間違ってはいなかったらしく、フィアナはまだ体を震わせながらも嗚咽は止まった。


「お、怒ってないんですか……? あんなこと、して……」


「怒るわけないじゃない。私とフィアナの仲でしょう? 寧ろ怒るのが失礼だわ」


 よくよく考えればゲームに登場するヒロインのキスなのだ。そりゃかなりびっくりはしたものの不快に思うことはあり得ないし、恐らくファーストキスであろうそれを貰い与えたことは勲章ものですらある。


「嫌じゃ、なかったんですか……?」


「そんなわけないわ。でもね、理由は知りたいなって」


 だけどフィアナが言った『好き』という言葉。それらが私の思うものなのか違うものなのか、それだけは後回しにして捨て置くことは出来ない。


「そ、それは……」


 抱きしめた状態から少しだけ離れる。いまだに腕に抱いたままだが、お互いの顔を見つめる距離にはなった。フィアナの顔は泣き顔に赤面のセットで、正直あまりにも可愛いので顔がへにゃりと緩みそうになったが、大事なとこだと口の中で舌を噛んで無理矢理耐えた。

 それからだいぶ間が空いた。フィアナは口を開いては閉じ、アワアワとするのを繰り返していたがここは根比べだ。私はひたすら彼女の頭や背中を撫で続け、緊張を解くことだけに努めた。


 そして、その甲斐があってかフィアナは小さな声でゆっくりと告白を始めた。


「最初は……いつも優しくて頼りになるし、私何かのことを気にかけてくれる優しいお姉様だって、慕ってただけなんです……」


「うんうん……」


「だけど、ずっと一緒にいたら少しずつ気持ちが変わっていって。いつも……ずっと隣にいてくれたらいいなって、もしもそうじゃないなら嫌だなって」


「……そう」


 にっこりと微笑みを返すと、フィアナは顔を益々赤くして俯いてしまう。ただ、それでも言葉は続いた。


「お姉様は……学園でも凄く人気で、何度も手紙を渡して欲しいと言われましたし、仲を繋いで欲しいとも頼まれました。そのたびに私はお姉様が誰かと特別な関係になるんじゃないかって……そう考えたら心の中が滅茶苦茶になってしまって……」


「えっ、そんなこと、頼まれてたの……?」


 私の声にフィアナはコクリと頷いた。


「だ、誰? そんな風にフィアナを利用しようとした馬鹿は? 名前は? 学年は? 私、今すぐにでもそいつのところにいってぶっ飛ばさな」


「だ、大丈夫です。私は何も……されてませんし」


「いや、実際嫌な思いをしてたんでしょ? それに手紙とかは、どうしてたの?」


「わ、渡したくなくて、でも……捨てるのはどうかなと思って、取ってあるんです……ごめん、なさい」


 そういってフィアナは自室の机を示した。私宛に貰った手紙は引き出しの中にしまってあるようで、何というか彼女らしく結局相手のことを思いやってしまう性格がなんともいじらしい。


「謝らないで。元々フィアナを伝手にしようとしている時点で返事するつもりもないし、仮に直接来ても応えないわよ」


「ほ、本当?」


「ええ、私にとってフィアナが第一だからね。だからこそ、知りたいの」


 そして話が元に戻る。フィアナは私の言葉を嬉しそうに聞いていたが、話題がふりだしに戻ると再び顔を曇らせた。しかし、だいぶ落ち着いたのか、それとも考えがまとまったのか、今度はハッキリと告げた。


「お姉様が好きなんです。姉としてじゃなくて一人の人として、お慕いしています」


「……フィアナ」


「で、でも、血が繋がってはいないとはいえ姉妹で、それも女性同士で……迷惑が掛かると思って、ずっと隠しておくつもりだったんです……ごめんなさい」


 完全にフィアナは項垂れてしまった。そしてそんな彼女を見て私もまた、動くに動けなかった。

 何となくわかっていたことではある。あんな真剣な表情をしていたのだし、ここに来たのは確認するようなものだ。しかし、いざ告白を受けるとどう答えればいいのかわからなくなってしまった。


 私自身のことを考えてみる。勿論、フィアナのことは好きだ。しかし、私のそれは果たしてフィアナの『好き』と一緒なのかわからない。

 フィアナから好きと言われて喜んでもいるし、戸惑ってもいるというのが事実だろう。


「フィアナ」


「わ、うっ」


 ギュッとフィアナをもう一度抱きしめる。温かい体温とフィアナの気持ちが伝わってきて心がジンワリと熱を持ち始めている。


「ごめんなさい、ずっと辛かったのよね。気持ちを隠して過ごしていたなんて」


「い、いえ、お姉様が気に病むことは……私が勝手に思っていたことだから……っ」


「でも、貴女は私の返事が欲しいでしょう? 言ってしまった以上は」


「っ! それは……」


 私の腕の中でフィアナがピクリと跳ねた。そりゃ、このまま無かったことにして今まで通り過ごすという選択肢もないわけじゃないが、恐らくそれは無理だ。主に私が。

 フィアナだって自分の気持ちだけ伝えたままになってしまったら居心地だって悪いだろうし、今までのように接するのはきっと難しい。


 だから、私も伝えなくてはならない。


「あのね、フィアナ。聞いて欲しいの」


「……はい」


「昨日の夜話した通りでね、私は『妹』という存在が好きで、一番最初フィアナに会った時はその気持ちだけが強かったの」


 それは暗にフィアナとしては見ていないと言っているようなもので、腕の中のフィアナは固まってしまった。だけど、それを解す様に出来るだけ口調を柔らかくしながら続ける。


「でもね、私だってずっとフィアナと一緒に過ごして、貴女のことを愛おしく思ったり、時には嫉妬もしたわ。貴女だって学園では人気があるのよ? 流石に自覚はあるでしょう?」


 だって、ゲームのヒロインなんですもの。とは言えない。


「……お姉様」


「難しいものだわ。今の私は『妹のフィアナ』が好きなのか『フィアナ』が好きなのか全くわからないの」


 はぁ、とため息をつく反面、自然と彼女を抱く力が強くなっていく。


「ごめんなさい、こんな姉で。謝るのは私の方なんだわ。フィアナが勇気を出してくれたのに、私はこんなに優柔不断なんてね、はぁぁ……」


 さらに深いため息が出る。抱きしめたまま目を合わすとフィアナの目は戸惑いに揺れ動いており、私の決断を待っているようだった。


「でもね、勘違いしないで欲しいんだけど私は何があろうとフィアナのことが好きよ。その方向がどうなっていくのか私にもわからないんだけど、もうちょっとだけこんな不出来の姉を待ってはくれないかしら」


 結局、落としどころは中途半端な場所になってしまった。私はこの場で即決できなかったのだ。

 フィアナのことを好きだ、愛している。というのは簡単ではあったが、しかし気持ちの整理が自分でもついていないのにその場の誤魔化しでそんなことを言いたくはなかった。


 だから、ここで誓うことにした。


「だからフィアナ、これから貴女をもっと好きになるように努力するわ! 私!」


「えっ?」


 今の私にできるのはこれが精いっぱいだ。


「んんっ!?」


 フィアナの驚愕に染まったくぐもった声が唇の端から漏れ出る。その原因は私が彼女の唇を自分の唇で塞いでいるからだ。


「ん、んっ……」


 ちゅ、ちゅ、と小さな音が響く。張りつめていたフィアナの身体はいつの間にかへにゃりと力が抜けており、私に軽すぎる体重を預けてくる。


「ふ、ふぁっ、あ、ん」


 丹念なソフトキス、というと矛盾しているような気がするが、そう表現するのが一番だろう。フィアナを愛するためのキスだ。


「ぷあっ」


 少し長かったか、唇を離すとフィアナは苦し気に呼吸を繰り返して、欠乏した空気を取り入れていた。そして、真っ赤になった顔と恨めしそうな眼をこちらに向けた。


「お姉様、卑怯です……」


 それににっこりと笑って返した。


「私もそう思うわ」


 余裕そうに見える私だが、しかし自分からキスしたのは初めてなので滅茶苦茶心臓がうるさい。よくフィアナは出来た物だと素直に感心する。

 そんなフィアナに尊敬の念を抱きながらやっと解放してあげる。ひとまず、これにて一件落着というか、区切りにはなっただろう。明日からは少しだけ関係が変わってしまうかもしれないが、まだまだ彼女との楽しい日々が……




「おわぁっ!?」


 そう思った瞬間天地がひっくり返り、私は令嬢らしからぬ声を上げた。


「いっつー……」


 別に痛くはないが、流れでそう口にして閉じてしまった目を開ければ私の視界にはフィアナの顔と天井が映る。あれ、デジャブを感じる。


「えっと、あれ? なんで?」


 突然ベッドの上にに引きずられ押し倒されたことは理解できたが、何でこうなったんだろう。さっきの流れだったらこれからの私達にご期待ください! で区切られるところではなかったのだろうか。


「わかりました。お姉様だって突然言われて混乱しているのでしょうし、その答えでは満足じゃないですけど、ゆっくり待つことにします」


「そ、そう。ありがとう。それは嬉しいんだけど、何かこの体勢おかしくない?」


「いえ、おかしくなんてないですよ」


 今まで生きてきて初めてフィアナの笑顔にゾッとすることになった。可愛らしいけど言い様のない妖艶さを感じて、身の危険を感じる。一言で言うとヤバい。


「え、えっと、じゃ、じゃあ? 朝ごはんでも食べに行きましょうか? 私もずっと寝てたし、フィアナも看病してくれたからあまり食べてないんでしょう? ね、ちょうどいいわ。さ、行きましょう。今すぐ行きましょう、ね、ね???」


 デジャブの予感は正しいはずだ。フィアナの視線はずっと私の唇を狙っているような気がする。このままだとまずいという予感がして、私は慌てて上に乗っかっているフィアナにどいてもらおうとする。

 しかし、フィアナは微笑みを崩さないままに両手を掴んできた。


「ふひゃっ!?」


 その掴み方だって、手と手どころか指を一本ずつ組むような濃密なもので、私はドキッとしてしまったが、ベッドに括りつけられた事実も一緒に理解する。


「そうですよね。フロール様も言ってましたから。鈍感すぎる相手には行動でわからせないとって……」


「ふ、フロール? フロールが何か言ったの? ねぇ?」


 そういえば見舞いに来てたって言ってたような……一体何をフィアナに吹き込んだのか、嬉しいけど……嬉しいけど!


「お姉様、目を閉じてください」


「フィアナ、待って。誰か来るって……それにシグネだってすぐそこに」


「おねえさま」


「んうっ」


 有無を言わさずに唇を重ねられた。フィアナの言葉に従えず大きく目を見開いてしまった私だが、さっきのさっきで慣れてしまったのか何だか心地よさすら感じてしまい、自然と目を閉じて受け入れてしまった。

 そして、それがいけなかった。


「む、んんっ!?」


 ピチャ、と自分の口内に何か異物が入ってきた瞬間、私は驚愕の呻き声をあげた。


(わぁ、深いキスだ……)


 などと感慨に浸る暇はない。それはあまりにも性急すぎる一手だ。


「ん、んんっ……!」


 しかし、抵抗しようにもどうしようもなかった。手は相変わらず恋人繋ぎよろしく結ばれてベッドに縛り付けられているし、クチュクチュと舌同士の絡み合う快感にも似た感触が私の体から力を奪っている。


 フィアナの舌が私の舌を絡めとり、歯や歯茎までじっくりと舐められるともう私はなすがままでしかない。

 体同士が密着して擦れる感触に何度も体が小さく跳ねる。


「ぷ、ぁ! ……はぁっ、はぁ……」


 どれだけ経ったのだろうか。頭がぼんやりしてきた頃に漸くフィアナが離れてくれた。舌同士を唾液による銀の橋で繋ぎながら私は荒い息をつきながら放心していた。


「決めました……私、お姉様が早く好きになってくれるよう、頑張りますから。だから、だから覚悟しておいてくださいね。お姉様」


 そう言って今までに見たことのない最上の笑みを見せて笑うフィアナに、私は弛緩した体を動かすことも出来ずゆっくりと意識を手放した。


「あ、あれ? お姉様……? お姉様!? や、う、うそっ、どうしたんですか!? シグネ、シグネー!」


 そんな慌てた声すらも今の私には子守歌にしかならなかった。

ブックマークや評価、感想、誤字脱字報告などいつもありがとうございます!

次回の投稿は11/3の22時頃を予定しております。

また次回が最終話の予定となりますので、どうぞ最後までよろしくお願いいたします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ