88.純粋無垢な妹、寝ている姉と再会する
次回までフィアナパートです
「フィアナ!」
部屋から出た途端名前を呼ばれました。ここに来て何度も聞いたその声が誰なのかはすぐにわかります。
「お父様、お母様……それに、アクシアまで?」
バタバタとやってきた彼らは私の姿を見て安堵するように息をつきました。
「メイドからお前が目を覚ましたと聞いてな。セリーネの診察中だが慌てて来たのだが……大丈夫なのか?」
「……はい、ご心配おかけして申し訳ありませひゃあっ!?」
迷惑をかけてしまったことを謝ろうと頭を下げようとしたら私はお父様に抱きしめられていました。思わぬ声を上げて固まってしまいましたが、ギュッと抱きしめられるとどれだけ心配してくれていたのか痛いほど伝わってきます。
「無事でよかったわ。本当に……」
お母様の手が私の頭を優しく撫でるとじんわりと温かい感覚が広がっていきました。お姉様はもちろんですが、こうして実際繋がりのない私を本当の娘のように接してくれる両親がいて、私は幸せ者だと実感することになりました。
しかし、今はその感傷に浸っているわけにはいきません。
「フィアナ、無事でよかった。事故にあったってきいて……」
「アクシア……ありがとう。でも、私の代わりにお姉様が」
「セリーネ様は今、お兄様が見てるからきっと大丈夫だよ……」
両親とアクシアを加えてお姉様の自室に向かいます。その道すがら軽い説明を受けていました。
今のセリーネ様はアクシアの兄が見ているらしく、彼女の兄はかつてお姉様が熱で寝込んだ時にも診察に来た医師で、その腕は折り紙付きとのことでした。アクシアとその兄は祭りでそういう事故があったと聞いてすぐに駆け付けたのでした。
「アクシア、ごめんなさい。お祭りなのに来てもらって」
「気にしないで……元々騒がしい場所は苦手だから」
「それでも、来てくれてありがとう……」
「……本当にいいの。フィアナが無事なだけでも良かったから」
お姉様の部屋の前に着いた私はうるさくしないよう静かに扉を開けます。中にはお姉様にお付きしているアイカが少し悲痛な面持ちで立っていました。ベッドの傍にはアクシアの兄である人物が立っています。
「お姉様……」
私の呟きが部屋に響いて気付いたのかアクシアの兄が振り返ります。その表情は険しいものではなかったので、ひとまず大丈夫なのだろうとほんの少しだけ安心しました。
しかし……
「お姉様……」
ベッドに寝ているお姉様を見て、再び心がざわつき始めます。お姉様は頭に包帯が巻かれ、少し荒めの苦しそうな呼吸を繰り返していました。
「大丈夫、なんですか?」
お姉様に視線を落としながら私が尋ねると彼は答えてくれます。
「怪我も処置はしました。命に別状はないでしょう。ただ、恐らく日頃の疲れが出たのかもしれません。熱はしばらく続くかと」
「日頃の……」
「公爵家令嬢ともなれば、その責任やプレッシャーから必然的に精神的疲労は重なるものです。今回、事故がきっかけでそれが出てしまったのかもしれません」
「そう、ですか」
彼はそれから両親とも何か話していたようですが、耳には入ってきませんでした。ただ、私の視界には苦しそうにしているお姉様の姿だけが映っています。
(私の、せいだ)
お姉様はいつも私の為に何でも無茶をする人でした。私はそれがとっても嬉しかったのですが、きっとそうして構ってくれるお姉様に自然に甘えていたに違いありません。
「フィアナ、じゃあ今日は戻るけど……フィアナも体を大事にしてね……」
「アクシア、ありがとう……」
アクシアにもたくさん心配をかけてしまいました。こうして来てくれたことにお礼を言うと彼女は私を見て少し悲し気に顔を曇らせます。
「フィアナのせいじゃない、から……あまり思い詰めないで……」
「ごめんなさい、ありがとう……」
アクシアともそれなりに長い付き合いなので、きっと私が思っていることが伝わってしまったのかもしれません。彼女の言ってくれた言葉に何とか頭を下げました。アクシアは何か言葉に詰まったようでしたが、そのまま両親に挨拶をして兄と一緒に帰っていきました。
「熱も時間が経てば引くらしいから、後は安静にしておこう。フィアナも部屋に戻って休みなさい」
「お父様、もう少しだけいてもいいですか。絶対にうるさくはしませんから……どうか」
「……出来るだけ早く寝るんだぞ」
我儘な私のお願いを汲んでくれたのかお父様はそう言ってお母様と一緒に戻っていきました。部屋には寝ているお姉様とシグネとアイカだけになります。するとアイカが私の方を振り向いて深く頭を下げてきました。
「フィアナ様、申し訳ありません! 私がちゃんとセリーネお嬢様の傍にいれば……」
いつもおっとりとしているアイカは声を震わせていました。私はそれに小さく微笑んで返します。
「アイカさんは何も悪くありません……元を言えば私が屋台の料理を求めなければよかったのですから……」
「いえ、それを言うなら離れて行った私にも責任が!」
すぐに私の言葉を庇おうとしたシグネにも微笑みます。思えば私の周囲にいる人は皆とても優しいです。そんな彼女らを責めることはありえませんし、そもそも彼女らが悪いことをしたわけではありません。
「あれは事故だったんです。あれは誰だって防ぎようもありませんし、誰の責任でもないでしょう? だから誰も悪くありません、ね」
それにお姉様が寝込んでいる熱の原因は私のために頑張ったからに違いありません。そう考えると寧ろ悪いのは私なのです。
「お姉様のことは私が傍にいて看ていますので二人は休んでください。ずっと起きていたのでしょう?」
時刻は既に深夜も通り過ぎたぐらい遅いです。祭りの時からずっと起きていた彼女らも疲労は溜まっているはずでした。しかし、それにはシグネが反対しました。
「それこそ、フィアナ様が休んでください! 怪我は無いにせよさっきまで寝込んでいたのですよ?」
「私はもう大丈夫ですから……お願いします」
「で、ですが……! それではっ」
押し問答になってしまいそうでしたが、そこにアイカが割って入ってきます。
「それなら私とシグネは交代で休みを取ります……どちらか一方は部屋に待機しているようにしますが、それならいいですか?」
「……わかりました。我儘を言ってごめんなさい」
これは私の自己満足でしかない話です。起きないお姉様が心配で心配で片時も離れたくないという私の偏屈な気持ち、それがアイカには伝わったのかもしれません。
「いえいえ、いいんですよ。それじゃシグネ、貴女から休んでください」
「え、でも……」
「シグネ」
アイカの声は鋭さはなく、寧ろ優しさを感じるような温かい声でした。
「貴女は人一倍責任を感じてしまいますから、きっと私より疲れているでしょう? だから今は休んでその後に交代しましょう?」
「…………わかったわ」
答えまで間が空きましたが、シグネはアイカの優しさを感じたのでしょう、渋々とでしたが、彼女は納得したようです。
「フィアナ様、すぐに飛んでこれるようにお部屋に控えておりますから。何かあったらすぐに知らせてください」
「ありがとうシグネ。でもちゃんと休んでくださいね?」
そんなことを言って退室するシグネを苦笑しながら見送って、私はお姉様のベッドの傍に膝を下ろしました。
「お姉様、ごめんなさい。私のせいで」
アイカにも聞き取れないような小さな声で呟いて私はそれからお姉様と一晩を過ごしました。
「フィアナ様」
「……え?」
ふと、気が付いたらお姉様の部屋には朝日が差し込んでいました。気が付いたら夜が過ぎていたのです。
「大丈夫ですか? 朝食は食べれますか?」
いつの間にか部屋のメイドは交代していたらしくアイカではなくシグネに変わっていました。彼女の提案に頷いて答えます。
「少しだけ頂きます。すみませんけどお部屋に運んでもらってもいいですか?」
「もちろんです。すぐにお持ちしますから」
食欲はあまりありませんが、何も食べないわけにもいきません。それから軽く朝食を頂いて、ちょっとしてからアイカも戻ってきました。アイカは手をお姉様の額に置くと安心したように息をつきました。
「どうやら熱もだいぶ下がったようですね」
「フィアナお嬢様が一晩中頑張ったからですね」
「……そうなら、いいのですが」
私は一晩中、お姉様の様子を見ながら額に乗せている冷えたタオルを交換したり汗を拭いたりしていました。その甲斐があったのかわかりませんが、熱でうなされていたお姉様は今はだいぶ呼吸が穏やかになっていました。
「これなら後は目を覚ますだけですねー。フィアナお嬢様も一度お休みになってはどうでしょう?」
「私は……ごめんなさい、もうちょっとだけここにいます」
それでもまだ、目を覚ましてお姉様の声を聞くまで安心は出来ません。心の中には「もしかしたら目覚めないのではないか」という不安の種がずっと引っかかっているかのように残っているのです。
その時、部屋がノックされました。
「私が対応します」
アイカは一礼して、部屋の扉から外にでました。何だろう、と思っているとすぐに戻ってきました。
「フィアナお嬢様、お客様が来ているのですが」
「お客様? どちら様でしょうか」
誰だろう、そう思っているとその人物が静かに姿を見せました。
「こんにちは。お見舞いに来ましたわよ」
「……ふ、フロール様?」
そこにいたのはいつぞやの夜会での印象が強く残っている、お姉様と同じ公爵令嬢であるフロール様でした。
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