86.シスコン悪役令嬢、妹に告げる
フィアナは走ってきたのだろう、そんなに距離はないのだが息を上げていた。後ろからはシグネも姿を現すが彼女もまた慌てて追ってきたのだろう、息が荒い。
「お、お姉様、もう大丈夫なんですか!?」
「え、ええ。この通り大丈夫だけど……そんなに慌ててどうしたの?」
「どうしたのって……」
フィアナは私のベッドに近づいてくるとヘナヘナと力なく膝をついた。そのまま上半身をベッドに被せてくる。
「心配しました……すごく、ものすごく」
「それは……ごめんね。フィアナは怪我はない? どこも痛めてない?」
「お姉様が庇ってくれたので私は大丈夫です。でもあんなことは二度としないでください。本当に心臓が止まるかと思いましたから……」
「それは本当にごめん。でも、アイカにも言ったんだけどまた危険があったら庇っちゃうと思う。だから二度としないってのは約束できないかも」
「お姉様……」
ベッドの横で膝をついているフィアナの頭を撫でる。サラサラの髪が心地よいが彼女の表情からは疲労が隠しきれていなかった。そういえば、ずっと看病しようと付き添っていたと言っていたからまだ疲れているのだろう。
「私が寝ている間ずっと近くにいてくれたんでしょ? 今日はもう遅いからゆっくり休んでまた明日話しましょう?」
私はずっと寝ていたからまだ眠くないがフィアナは違う。正直に言えばもうちょっと話していたかったが、彼女の体調を思えば今日は休んで欲しかった。
フィアナはそれを聞くと小さく俯いた。サラサラの頭を撫でながらどうしたのだろうと思っていたら、彼女はぼそっと呟く。
「その、少しだけ時間を頂けませんか。お姉様」
「え?」
「ちょっとだけ話したいことがあるんです。その……二人きりで」
「ま、まあ、少しだけならいいけど……フィアナが大丈夫ならね」
二人きり、という言葉にドキッとしたがきっと変な意味ではないだろう。そう思った私はフィアナの願いを承諾する。
アイカとシグネにはもう一度今までのことに対して感謝と迷惑をかけたことを詫びて部屋からの退室をお願いした。
シグネもアイカと同じくかなり責任を感じていたようで、退室する前に平身低頭謝罪をしてきたが、やっぱりそこもアイカと同じように返事をした。
そもそもシグネは私の言葉がきっかけで買い物を頼んだところもあるし、本当に思い詰めて欲しくなかったところもある。
「セリーネお嬢様は少し優しすぎます……」
そんなシグネの言葉には苦笑するしかなかったが、最終的には納得してくれたようだった。そんな彼女にも私のことを話したかったが、今はそうすることは出来そうになかったので、アイカにこっそりと「退室後、私のことを説明しておいてね」と頼んでおいた。彼女は「どう伝えろと?」と言いたげに本当に困惑しているようで、その顔は中々新鮮だった。
さて、そんなこんなで自室でフィアナと二人きりになった。
「それじゃ、ちょっと起きましょうか。流石にこんな態勢じゃ失礼だし……」
「あ、大丈夫です! そのままでいいので……」
私の今の姿勢はベッドで起き上がっただけの形だ。フィアナはそのベッドの横に膝をついている格好なのでそれはどうだろうかと思ったのだが、動こうとした私は彼女に制止させられる。
「怪我をしてるんですから安静にしてください!」
「怪我って、別に軽傷だし……」
「い、いいですから! 心配なんです!」
「そ、そう? まあ、これでいいなら私はいいけど……」
ただずっと膝をついていてもらっても困るので、フィアナには椅子に持ってきて座ってもらった。これでちょっとはマシだろう。見た目的には病室の患者と見舞いに来た人でしかないわけだが。
「それで、どうしたの? 話したいことがあるって」
話したい事、と言えば私にもある。それは勿論朝倉美幸の記憶のことだ。両親やアイカ、そしてシグネにも話していて、フィアナに話さないわけにはいかない。だけど、まずは彼女の話から聞かねばなるまい。そう思って心の中で身構える。
「あ、その前にアクシアやフロールさんがお大事にとお伝えくださいと」
「アクシア? フロール? どういうこと?」
「眠っていたから覚えてないですよね。昨日お見舞いに来てたんですよ」
「そうなの? わざわざ?」
寝込んだのは事実だが怪我は大したことはないし、そこまで大袈裟なものだろうかと思う。
「怪我をして寝込んだって聞けば誰だって来ますよ」
「うーむ……」
よっぽど寝入っていたのだろう記憶に全くない。お見舞いに来てくれたという事実は勿論嬉しいが、何だか大ごと過ぎる気はする。
「と、とにかく今度会ったらお礼を言っておくわ」
「はい。そうしてくださいね」
「それでフィアナの話って……?」
「えっ!? あ、えーと、その……」
とりあえず話を戻したのだが、何故かフィアナは言葉を詰まらせ沈黙してしまった。一体どういう話をしたいのかさっぱりわからない。
しばらく待っていれば話してくれるかなと思い、ちょっと間をおいてみたがフィアナは少し顔を赤くしたまま制止したまま動かない。
「えっと、フィアナ?」
「ひゃ、ひゃいっ!! な、なんでしょう!?」
「いや、話したいことがあるんじゃなかったの……?」
「え、あ、あああぅ」
ダメだ、どうやら何か凄く言いにくいことらしい。しかし、それならこちらにも良い考えがあった。
「あのさ、じゃあ私から話してもいい?」
「……え?」
どの道時間が掛かりそうなら、こちらのことから話しておきたい。結局遅くなってしまいそうでフィアナには申し訳ないが、あまり長引かせたい話でもない。
「いいかな、先に話しても」
「は、はい。だ、大丈夫です」
フィアナの承諾を得て私はゆっくりと話し始める。話した内容は両親とほとんど同じで、前世の自分と現世の自分、どういう世界にいてどういう生活を送ってきたのか、流石にこの世界をゲームで知っていたというのは色々と複雑になるので伏せたが、フィアナは私の話を真剣に聞いてくれた。
「──というわけなんだけど……えっと、今まで黙っててごめんね」
ちょっとした照れ笑いを含んで、そう言うとフィアナはフルフルと首を横に振った。
「いえ、話してくださって、ありがとうございます……で、でも! 例えお姉様の記憶がどうだろうと、お姉様がお姉様であることは変わりませんから! そ、その、えっと……だから!」
一回、息継ぎをしてフィアナはゆっくりと言った。
「お姉様は、お姉様です。ずっと……私の大事な……」
「フィアナ……っ」
ああ、何と出来た妹なのだろうか。思わず感動してフィアナの両手を握る。
「ありがとうフィアナ。貴女みたいな妹がいて私は幸せだわ」
ウフフ、と微笑み合う。その空間には誰がどう見ても仲睦まじい姉妹がいた。
そこまでは。
「あ、の……フィアナ?」
「…………」
なんで私はフィアナに押し倒されているんだろう?
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