85.シスコン悪役令嬢、お付きメイドと話す
この年での号泣は流石に精神的にクルものがあったと、落ち着いてから実感する。
(ま、まあしょうがないわ! あんな優しく言われたら誰でも泣くし!)
私を号泣させた張本人である両親はその後、部屋に戻っていった。今度何らかの形でお返しが出来たらいいのだが。
「ふぅ」
とにかく泣きはらしたおかげもあって私の意識はスッキリした。怪我の巧妙ともいうべきか美幸とセリーネの記憶も整理されて思い出せたし、両親にもその秘密を告げることが出来た。どこか胸のつっかかりが取れたような気持ちだ。
と、そこで部屋に待機してくれていたアイカに気づく。ずっと落ち込んでいるような表情から察するに私が怪我をしたことを心配してくれているのだろう。それを慰めるように声を掛ける。
「アイカも付きっきりで看病してくれてたんでしょう? ありがとうね」
「セリーネお嬢様……本当に申し訳ありませんでした」
しかし、私の声にアイカは深々と頭を下げてきて私は困惑することになった。
「あ、アイカ? ど、どうしたのよ。頭なんか下げて……いつもの貴女らしくないわ」
少し冗談交じりに失礼な事を言ったが、それでも彼女は頭を下げたまま微動だにしない。
「あの時、私があの場を離れなければ少なくともお嬢様が怪我をすることは防げたかもしれないのに……私の責任です。どうぞ、いくらでも罰を」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 本当にどうしたの!?」
いくら何でも思い詰めすぎだった。いつもの緩い雰囲気ではなく切羽詰まったような、自分で自分を追いつめている彼女に唖然とする。
もちろん、彼女の言い分だって理解できる。要は仕えている身なのに事故から守れなかったことをずっと後悔していたに違いない。
「アイカ、もしかして貴女がその場にいたら私とフィアナを庇うつもりだったの?」
「もちろんそのつもりです。仕える方をお守りするのは従者の役目ですから……」
「そんな、だめだよ」
「……え?」
確かにそういう風潮がこの世界にはある。主従関係の最たる形でもあるその考えは立派だと思う反面、生憎日本人気質というか美幸という少女の記憶を持つ私にとっては素直にその思想を喜んで受け入れられなかった。
「もし、ね。あの時そばにアイカがいたとしても、私はフィアナとアイカ両方を庇ってたわ。何があっても」
「ですが、それでは……!」
「まぁまぁ、聞いてよ。私にとって、私の周りの人は皆大事な人なの。失いたくない大事な人。記憶を完全に取り戻した今だから猶更そう思ってる。だからね、私は何があろうと貴女達と一緒にいたいと思うし、そのためならいくらでもこの身を犠牲にするつもり」
アイカの息を飲む音が聞こえる。どうだ、私にだってこういう強気な一面があることがわかっただろう。どうにも暴走ポンコツ気味に捉えられている気がするから、今回のことでそれを少しでも改めて貰えれば嬉しい。
「だから、アイカは今回のことを悔いる必要なんてないのよ。シグネもそうだし、フィアナだってそう。だって事故なんだもの。あんなもの防ぎようもないし、誰の責任でもないでしょう?」
まあ、設計というか設営者にはきっと何らかの声が届いているだろうが、それだってしょうがない話じゃないか。事故が起こらない世界なんてないのだから。
何より、この騒動をセリーネが起こす世界線を知っている身としては、事故として処理できるなら万々歳なわけでもある。
「セリーネお嬢様……」
「いつも通りになってよアイカ。そうじゃないと、それこそ気になってゆっくり休めないもの」
「……もう、本当。お嬢様は不思議です。普通重い罰かクビにしてもおかしくないんですよー?」
「そんなことして何にもならないでしょ。そりゃアイカが悪意を持って悪いことをしたら罰されなきゃいけないでしょうけど。そうじゃないなら必要なし! でしょ?」
「……まったく、何というか本当、貴族らしくない貴族ですよね。セリーネお嬢様って」
「……とりあえず誉め言葉として受け取っておくわ」
褒められ半分、貶され半分のような言葉にそう答えれば、アイカは私のベッドの横に膝をつく。ベッドに座っている状態の私からは少し見下ろす形になり、ちょっと落ち着かない。
しかし、アイカはそんなことを気にしないように私の手を取った。
「お嬢様、本当に無事で良かったです。もう起きないんじゃないかって本当に心配して、どうにかなるかと思いました」
「ごめんね。心配かけて」
「謝らないでください。セリーネお嬢様は心配を向けられていい人物ですから」
何それ、と言う前にアイカは私の手の甲に唇を重ねた。少し驚いたが、不思議と受け入れることは出来る。夜の薄暗い部屋、月明かりだけの空間に膝をついて私の手の甲に接吻するメイド、何だか絵になりそうな感じだった。
「これからも、誠心誠意仕えさせて頂きます。セリーネお嬢様」
「……うん、よろしくね。アイカ」
ひとまず、彼女の表情も明るくなったことだし一件落着だ。よかったよかった、とそこまで考えて、まだ終わってないことがあることに気づくのは部屋の扉がノックされた瞬間だった。
「……? 誰だろう、アイカ。応対を」
「はいー」
アイカがそう言って扉の方に向かおうとした瞬間、扉が乱雑に開かれた。
「お、お姉様!」
「フィアナ? ど、どうしたのそんな慌てて……?」
訪ねてきたのは切羽詰まった表情のフィアナだった。
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