84.シスコン悪役令嬢、全てを話す
ふぅ、と一息つく。思っているより冷静を保てているのが自分でも少し不思議だった。
(そっか、そういうことだったんだ)
よくある話で済むわけではないが、日本で生きていた頃に異世界に転移する内容の小説を読んだこともある。もちろん、その当事者になるとは露ほども思ってもいなかったわけだが。
(セリーネの前世が朝倉美幸、きっかけはあの熱かな……)
前世だけでなくセリーネの記憶も完璧に思い出した私は熱でうなされていた日々を思い出す。
フィアナにきつくあたっていた時期でもあるのだが、どういう因果かそれが美幸を思い出す最初の一歩だったに違いない。
「…………」
脳裏にはまだ鉄骨が降ってきた瞬間がありありと思い浮かぶ。あの高さから大きな鉄骨、間違いなく助かってはいない。現にセリーネとして生きているのが何よりの証拠だ。
(もうお母さんやお父さん、友達には会えないんだ……)
少しずつ、じわりじわりと事実だけが追いついてくる。気がつけば無意識に目元から涙が溢れていた。
「あ、う……ぇっ!」
胸と喉がつまり声が漏れるのを防げない。
怒りながらも毎日起こしてくれる母も、仕事が忙しくて大変だよと困ったように笑う父にも、馬鹿な話題で笑いあう友達にも、もう会えない。
「セリーネ!? 大丈夫か!? どこか痛むのか!?」
両親は泣き出した私に慌てて駆け寄ってくる。背中を撫でてくれる手は温かくて優しい。こんな素晴らしい両親を持っているというのに、前世のことを深く想って涙を流す自分に自己嫌悪さえしてしまう。
「ごえ、ごめんなさ……」
「大丈夫、大丈夫だから、ね?」
お母様の宥めるような声に、情けなく頷きながら私はしばらく涙を流し続けた。それは前世の自分を心の中で整理する時間だったのかもしれない。今の私がセリーネであること、そして美幸という人物にずっと引きずられてはいけないという、心の動き。
わんわんと泣き喚くわけではないが、静かに涙を流し続ける私を両親は何も言わずそばにいて見守り支えてくれた。
結局、泣き止んだのはそれからどれくらい経ったころだったろうか、目元が痛いので恐らく赤くなっているだろう。
「……ごめんなさい。その、急にこんな」
「いいんだよ。怖かったんだろう? よくフィアナを守ったな。偉いぞ」
「そういえば祭りは、どうなったの? まさか中止?」
思い出して尋ねる。ゲームではイベント後の祭りの流れは描かれていなかったが、もしもあの件のせいで全部中止になったなら原因は私ではないとしても気まずい。
それにお父様は安心させるような口調で答えてくれた。
「祭りは一部中止になった……といっても例の事故があった場所の周辺だけだ。それ以外はとりあえず警戒態勢はとったが概ね例年通り実施されたよ」
「そう……それならよかった」
流石に豊穣記念日を潰したとなれば、原因が不明だったとしても良い気分ではない。そうではなかったということがわかっただけ幾分か気が楽になった。
「もう落ち着いたか?」
「うん……もう大丈夫」
お父様の心配そうな顔に小さく笑って答える。よく考えればこの年になって泣き腫らすなど中々に情けない話だ。
ただ、両親のおかげで落ち着いた心の中で私は一つの決心をしていた。
「じゃあ、夜も遅いから私達も戻ろう。セリーネも無理せずゆっくり休むんだよ」
「フィアナのことも心配でしょうけど、今は自分のことを考えなさいね」
そう言って両親は私の額に軽く口づけをすると、立ち上がり部屋を去ろうとする。
その二人を私は引き留めた。
「待って! お父様、お母様!」
突然声を張り上げた私に二人は少し驚いて振り向く。私はベッドの上で悪いと思いながら体を両親に向ける。
「その……話しておかないといけないことがあるの……」
それは前世で生きていた美幸という少女の記憶のこと。
ひたすら隠し通すという選択肢もあったが、私はこの両親にずっと隠し事をしたくはなかった。
「信じられないと思うけど、聞いてくれる?」
両親はお互い顔を見合わせて、もう一度私の前に来てくれた。
「ああ、話してごらん」
その声をきっかけに、私は全てを話した。
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「……そうか」
説明は難しかった。何せ前世の記憶、それもこことは異なる世界の記憶があるなんて普通信じられるわけもない。娘がおかしくなったと思われ医者を呼ばれる可能性の方が高いぐらいだ。
だけどお父様は優しく微笑んでくれた。
「よく話してくれたな」
「し、信じるの……? 大丈夫?」
逆に私が心配すると両親は吹き出した。
「信じるかどうかはおいておいてね……貴女の様子がおかしくなったなとはあの時から思ってたのよ」
あの時とは私が熱を出して寝込んだ時のことだ。どうやら回復した後の私の様子が違うことに普通に気がついていたらしい。
「フィアナに対してきつくあたっていた時期があるでしょう?」
「うっ、そ、そうですね。ありました……はい」
出来ればあまり思い出したくない時期だ。
「貴女が寝込む前……きっと家族が増えて困惑しているんだろうって思っていたの。熱を出したのもそれからくる精神的疲労が原因かもしれないって医師様は仰っていたのよ」
お母様は続ける。
「だけど、熱が冷めて目を覚ましてからほぼ真逆の性格になるんですもの。疑わないほうがおかしいでしょう」
「……う」
思い出せば恥ずかしい。確か「実は妹が欲しかったの!」などと叫んでいた記憶がある。その時は必死だったからしょうがなかったのだが。
最初からバレていたということも含めて恥ずかしさから俯くと父が口を開く。
「正直に言えば、その前世とやらが本当なのか信じて良いのかは判断できん。だがな、それはどうでもいいことなんだよ」
「え?」
どうでもいい、とはどういう意味か。まるで興味がないかのような言い方に私は驚いて顔を上げる。すると父は私を優しく腕に抱きしめる。
「例え昔の記憶がなかろうがあろうが、お前は私達の愛娘だ。勿論フィアナだってそうだ。だから必要以上に気に病まなくていい。今まで通りお前らしくありなさい」
その言葉は私の胸をじんわりと温めてくれた。
「…………お父様、おとう、さまぁ……!」
そして、恥ずかしいことに本日二度目の大号泣をすることになる私であった。
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