79.シスコン悪役令嬢、カップルを知る
聞きたいことはたくさんある。しかし、それを簡単に聞ける雰囲気ではないことぐらいわかる。
(ど、どうしたらいいのよこれ!?)
距離はそれなりにあるので二人の声や息遣いとかは届いてこないものの、間違いなくあれは情熱の籠った熱い接吻だということはわかる。あれでもしも挨拶ぐらいの意味だと言うのならこの世界の常識を疑うことになるだろう。
(とにかく撤退! ひとまずこの場から退散しないと!)
今の状況で「まあまあ、お二人はそういう関係でしたのオホホー」などと抜かしながら登場していく度胸はないし、こんなところを見られてたと知られたらあっちだって気まずくなる。私だって次会った時どんな顔をすればいいかわからなくなるに違いない。
だから、今だったらまだこの場から離れることが出来ると判断する。幸いにも裏庭には入ったばかりだし、静かに戻れるはずだ。
それを伝えるために私はこっそり横にいるフィアナの耳元に口を寄せると、息を吹きかけるように呟いたのだが、それがいけなかった。
「フィアナ、ゆっくり戻りましょ……フィアナ?」
もしここで、フィアナが食い入るように二人を見ていたこととか、それに気を取られて全く無防備だったことに私が気づいていれば惨劇は回避出来たかもしれない。
だけど、私だって何だかんだ動揺していたのだ。だから……
「ひゃあんっ!?」
私の突然の囁きにフィアナが驚いて声を上げたのだってしょうがない。うん、しょうがないんだ……
#####
「ま、まさか見られてるなんて……」
「私は、見られそうだなって思ってましたけど……」
「だったら言ってくださいまし!」
「やめて、って言って止まったことない、です……」
「うっ!」
結局、フィアナの悲鳴を猫の鳴き声だと勘違いされることもなく、私達は覗き見していたことがバレた。それで裏庭の一角に引きずり込まれた形である。
フロールは慌てており、対してクレスは呆れたよう表情を作っていた。
「いつかはバレるとは思ってましたけど……フロール様はもうちょっと我慢を覚えて、ください……」
ジト目でクレスに見つめられたフロールはたまらず視線を逸らしていた。だけど何よりそれに巻き込まれた私達も中々に気まずい。
「えっと、お二人はそのー……お付き合いを?」
切り込んだのは意外にもフィアナだった。案外興味がありそうな感じだ。
(ま、まさか好きな人がいるの!?)
フィアナぐらいの年なら恋愛沙汰にも興味があってもおかしくない。そう勝手に思い込んだ私は心中穏やかではなかったが、フロールはそんな私に気づくことなく恥ずかしそうに頷いた。
「察しの通り、クレスとは……その、恋人ですわ」
「い、いつからなんですか?」
「いつからと言われれば、明確に交際を申し込んだのは私が高等部に進学してからですけど、子供の頃からずっと一緒でしたから……」
元からフロールとクレスは家同士の繋がりがあり物心の着くころから何かと交流があったらしい。
フロールは私と同じ公爵家令嬢なので格が高い。クレスは両親から将来のことも考えて仲良くするようにと口酸っぱく言われていたという。
「最初は友人として……フロール様に良い顔をしていればいいと思っていたけど……相性がよかったというか……」
「馬が合ったのですわ。お互いに」
お互いに好印象を持っていることがわかれば、そこから関係は一気に進展する。仲良くなった彼女達は人知れず深い交流を続け今の間柄になったようだ。
「そのこと、トールは知っているの?」
私があげたのはフロールのもう一人の親友だ。ここに彼女の姿がないということは内緒で付き合っているのではないかと思ったのだ。
考えてみれば二人だけ秘密で付き合っていることを隠すというのは中々に苦労しそうである。
しかし、フロールの答えは私の想像とは異なっていた。
「勿論トールも知っていますわ。色々と協力してもらってますもの」
「あ、そうなんだ。でもここにはいないみたいだけど……」
「あの子はフィアンセがいますので、今日はその方と一緒ですわ」
「へぇ……」
聞けば評判の良い殿方らしく、昔から仲がよかったらしい。
「とにかく! みられた以上、私達のことはまだ秘密にしておいて欲しいのですが……」
「それは、勿論そのつもりだけど」
他人の恋愛に横やりやちょっかいを入れる趣味は持ち合わせていないし、同性の恋と言うのは中々前途多難だったりする。それを面白半分に広めようとは思えない。
そういえばこの世界ってそこら辺はどうなんだろうかと疑問がわく。私としてはフィアナのことは好きだし、可能なら一緒にいたいと思っているが……
「助かりますわ。いずれこのことは両親にも話さないといけないとはわかっているのですが、私とクレスは同性ですし、まだ踏み込むにはちょっと」
フロールの口ぶりからすれば、やはり日本と同じで女の子同士の恋愛というのは珍しいようだった。それが公爵令嬢ともあれば尚更である。
家の事も絡んでくると二の足を踏むのも理解できる。というか私も一応公爵令嬢だ。仮にフィアナと恋人関係になると考えると……
(女の子同士、公爵家、血は繋がっていないけど姉妹。考えてみると滅茶苦茶ね……)
まあ、残念なことに私のそれが愛だとしてもフィアナからだと良くて「頼れる姉」程度だろう。それもしょうがない話だし、フィアナが幸せになるならなんだっていいのだが。
「……そういえば貴女達は何でこんなところに? 踊れないからってことはないですわよね?」
「フィアナと一曲踊ったわよ。でも周りが獣ばっかりだから抜けてきたの」
そう言うとフロールは納得したように頷く。もしかしたら彼女らも同じ考えだったのかもしれない。
「それだったらここで続きを楽しんだらどうかしら? 私達は少し休憩するから」
フロールの言葉にクレスも頷く。そういえば最初の目的はそうだった。まさかの展開ですっかり忘れていたのだ。
「……それじゃ、お言葉に甘えて。フィアナは大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です」
少し声に引っかかりがあったように感じたが、気にせずフィアナの手を握る。
「ひゃっ!?」
すると、ビクッとフィアナが跳ねた。今までにない反応に私が目を丸くすると彼女は慌てて取り繕った。
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっとビックリして……!」
「そ、そう? 本当に大丈夫?」
「も、もう大丈夫です。それじゃ、お、踊りましょう!」
ビックリする要素があっただろうかと思ったが、少し強引なフィアナに連れられて裏庭の真ん中に足を進める。
別に嫌われたわけじゃないと思うけど、どうしたのだろうか。最初に踊った時と同じようにするのだが、目線が微妙にズレたり、どこか恥ずかしそうにしているフィアナの姿が非常に印象に残ることになった。
ブックマークや評価、感想、誤字脱字報告などいつもありがとうございます!
ちょっとだけフィアナの心境が変わりつつあります……
次回の投稿は9/18の22時頃を予定しております!
よろしくお願いいたします!




