76.シスコン悪役令嬢、踊る
音楽の序曲が流れ始めると城の使用人達がそれぞれテーブルをテキパキと片していく。それらが片付けられれば立派なステージの出来上がりだ。
「さて……」
チラリ、と横にいるフィアナをこっそり見る。一応、というか当たり前のように最初に彼女と踊るつもりの私なのだが、そのつもりで間違いないだろうか。
(実はそう思っていたのは私だけで、始まった瞬間「じゃあお姉様、行ってきます!」なんてどっか行ったりしないわよね……そんなことになったら少し、いやかなり泣くんだけど)
そんな急な不安に駆られた私だったが、それが杞憂であることは手に伝わってきた感触で気づかされた。
「じゃあ、その、一曲目は私と踊ってくださいますか? お姉様」
「は、ぁ、ああ、喜んでぇ……!」
「酷い返事ですわね……」
そんな私たちを見てフロールはため息をついた。そういえば彼女や、それにアクシアはどうするつもりなのだろう。
「私は……両親の席に戻る……流石に知らない人と、踊るのは、無理……というかもう限界……」
「まあ、その、私も踊る相手くらいはいますので……それならアクシアさん? 私と一緒に途中まで行きましょう。その方が声をかけられずに済みますわよ」
「あぁ、ありがとう、ございます……」
と、こんな感じで彼女らとは別れることになった。アクシアは両親のところに行くとしてフロールは誰と踊るのだろう。もしかして婚約者みたいな相手がいるのだろうか。
「お姉様?」
「あっ、ごめんごめん。じゃあ、折角だし踊りましょうか」
「はい!」
リード役は私だ。姉ですから! フィアナの手を優しく包み空の下の舞台に誘導する。元からマークされていたのだろう私たちの移動に合わせて道が出来るのは何だか映画のようで少し感動した。
外面は穏やかに優雅に……内面は周囲への威嚇を忘れずに私はフィアナと踊り始めた。
「フィアナ、大丈夫?」
「はい! とっても楽しいです!」
音楽は穏やかな静のものから、少し激しめの動の音楽まで幅広く演奏される。それに沿って自由に踊るのがこのパーティの決まりだ。予め踊り方が決まっているよりある程度自由なほうがこちらもやりやすくて助かる。
「ふふっ」
「どうしたの?」
「こうして踊れるようになってよかったなぁって」
フィアナは凄く嬉しそうに笑っていた。どうしたのか尋ねれば彼女は少し体を預けるように近づけてきた。私にはクリティカルな自然なその動きに心が歓喜の渦に巻き込まれ、私は平静を保つので精一杯だった。
「踊るって楽しいですね!」
「ぐっ! そ、そうね……私も、生涯最高に楽しいわ、よ……もう、死んでもいいかも……」
踊れば汗もかく。そんな少し上気した顔に見上げられながらそんなこと言われたらあっさり堕ちてしまう。もうとっくに堕ちているといえばそうなんだけど。
それと同時に妹にある種の恐ろしさも感じる。
この年でそんな色のある顔が出来るのであればきっと彼女に惹かれる虫も多いに違いない。
その証拠にさっきから視線が痛いのだ。別にこのパーティは絶対に異性と踊れなどという腐った制約はないので家族同士でも同性同士でも誰と踊っても構わない。それでも、一応ダンスは男女でするというイメージがあるのか、やはりお近づきになりたいという心を持つ者も多いわけで、フィアナと踊りたい相手など山のようにいるはずだ。
(まあ、私にだって少しぐらいはいるかもしれないけど、さ)
チラ、と少し目を泳がせれば、さっきお花摘みに行ったときに声をかけてきた人もいる。どれも違う人と踊っているが、なんとなくこっちを見ているような気がしたのは自意識過剰だろうか。
(つまり、私とフィアナのダンスが終わったと同時に攻め込んで来るはず……)
音楽もずっと続いているわけじゃない。奏者の休憩もあるし、何より踊っている人達だって少し休みを挟まないと踊り続けるのは不可能だ。つまり曲の合間に声をかけられるタイミングは絶対に来ると言うこと。
(何とかしてそれは回避しないと……流石に誘われてしまったらよっぽどの理由がない限り断るわけにもいかないし。そうなったらフィアナと強制的に離れちゃうし)
ウンウンと頭を捻りながら足を運ぶ。今はゆったり目のテンポの曲で激しく動く必要はないのはありがたい。ちょっとムーディな曲調でもあるので自然とフィアナとの距離も近くなる。
(うー、策を考えないといけないのにフィアナと踊るのが楽しすぎる……!)
必然的に姉である私がダンスの主導権を握ることになっているのだが、彼女の柔らかい腰に手を回して抱き寄せるだけでも感無量の思いが胸に溢れる。
「お姉様、楽しんでますか?」
顔と顔がぶつかりそうな距離でフィアナに尋ねられ頷いて答える。いやもう死んでもいいぐらい満喫している。許可が下りれば周りに自慢したいぐらいだった。
「私も、凄く楽しいです」
繋いでいる手を私が高く上げて、フィアナがそれに合わせてクルリと回る。確かこういうのにも技名があった気がするが、そんなことを考えることよりもフワッと花が開くように回るフィアナに目と心を奪われる。
(そりゃヒロインになるわけだわ……)
恐らく周りの連中も今の一瞬で目を奪われただろう。この前まで練習していたとは思えないほどフィアナは優雅で可憐だった。
(あぁ、終わっちゃう)
そんなフィアナにもう一度惚れ直していたら、少しずつ演奏の音が締めに入り小さくなっていく。所謂小休止、所謂パートナー変更の合図だ。
(どうしよう、どうしたら……!)
焦りと独占欲が同居している。フィアナを誰とも踊らしたくないという姉の気持ちか、一人の女性としての気持ちか。それはわからないけど、とにかく彼女を誰にも渡したくないという気持ちだけが頭の中をグルグルする。
その時だった。
「あうっ!?」
私の手を握っていたフィアナが急にカクンと膝から崩れ落ちそうになった。
「フィアナ!?」
慌ててフィアナが倒れる前に抱き寄せる。軽い体のおかげでそれは容易だったが、彼女の表情は苦痛に歪んでいるようだった。
「だ、大丈夫!?」
「すみません……ちょっと気を抜いたら足を」
「捻っちゃった!?」
慌てて屈んで確認する。周りでもその様子に気づいたのか心配そうに見ている。私はフィアナを見上げて大事をとることにした。
「ちょっと外しましょう。無理をしたら駄目だわ」
「ごめんなさい、おねが──きゃあっ!?」
足を挫いたらしいフィアナを歩かせるわけにはいかない。私は腰と足に手を回して彼女をお姫様抱っこする。しかしフィアナにとってそれは想定外だったのか、腕の中でワタワタと慌てていた。
「あ、あの、ここまでしていただかなくても!! その、皆、み、見てますから……!」
「軽いから大丈夫よ。それよりも足を悪くしたら大変だもの」
顔を真っ赤にしたフィアナを抱きかかえながら、私は周りに席を外す意を伝えるように優雅に頭を下げながら、ダンス会場から離れることにした。
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