67.シスコン悪役令嬢、命令を思いつく
私とフィアナ、アクシアに加えてフロール達も混ざればその数六名。一緒に昼食を摂れば騒がしくもなる。
「実は以前の会食でアクシア様をお見掛けしてたんですよ?」
「そ、そそそうなんですか……! こ、コ光栄です……」
アクシアがトールに話しかけられて滅茶苦茶戸惑ったり
「フィアナさんのことは会うたびにセリーネさんから聞いていますわよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、自慢を聞きすぎてもうすぐ耳にタコが出来るんじゃないかと……」
「……何か、すいません」
フロールとフィアナが何だか楽し気に(私を呆れた目で見ながら)話していたりと、普段見ることのない組み合わせだけに何だか新鮮だ。
クレスだけは喋るのがあまり好きじゃないのか黙々とパンを食べていたが、それに気づいたフロールに無理やり会話に参加させられていた。ただ、見た感じクレスはそれを待っていたらしく、楽しげに見えるのはきっとフロールが構ってくれるのが嬉しい、ということかもしれない。あくまで推測の域に過ぎないのだが。
そんなこんなでワイワイと話しながら食事をしていたら、時間はあっという間に過ぎていった。それに気づいたのは昼休みの終了間近を伝える鐘が鳴ったからだ。
「予鈴ですわね」
「え? もうそんな時間?」
フロールは颯爽と立ち上がると、クレスとトールを従えた。そして最後に私に小さく頭を下げた。
「セリーネさん、今日は楽しいランチをありがとうございました」
「いやいや、そんなかしこまらないでいいよ。また一緒に食べたいし」
私の発言にフィアナも頷き、アクシアは……控えめに頷いた。フロールは私の発言に少しだけ嬉しそうな表情をしたがすぐに引き締める。
「それなら、また機会がありましたら是非……それと、やっぱり命令は考えておいてください」
「え? 命令って試験のやつ? 今日のこれでいいんじゃないの?」
「いいえ、いくら何でも命令と称して昼食を頂いたりすることはおかしいと思いますもの」
「でもなぁ……」
私が渋っていると、フロールは口調を少し強める。
「いいですかセリーネさん。まだ試験は後期がありますから。私はそこで当然全力を出しますし、それに今回みたいな下手を打つような真似は二度としませんわ」
「は、はぁ」
「そして私が勝った時、今のままだと思い切り命令できないじゃないですか!?」
それじゃダメなんだろうか、と思ったがダメなんだろう。彼女の言わんとすることもわかる。
きっと今までの罰ゲームの恨みというものがあるのに、私からの施しを受けたままでは引っかかってしまうのだ。几帳面な彼女らしい性格でもある。
「ですから! 近いうちにまた聞きに来ますから! それまで考えておいてくださいまし!」
「え、あっ……」
フロールはそう言い放つと友人を連れて去っていった。ポツンと残された私だったがさてさて困ったものだ。
「流石に、負けず嫌い……」
「あの、お姉さま。命令って?」
「あ、いやこっちの話というか、ちょっと勝負をね……」
事情を知らないフィアナと知っているアクシアとで反応が違う。フィアナにも一応あとで事情を話しておこう。
しかし、せっかく昼食に参加してもらうという命令が無駄になってしまった。何か別のを考えるといったって難しい話……
「ん?」
そういえば、と思い出す。以前はメイド服を着せて奉仕させたなんて言ってたっけ。
「メイド服、メイド服……」
突然、ブツブツと語りだした私にフィアナとアクシアがどうしたのだろうと視線を向ける。しかし今の私の脳裏ではとあるバラバラなピースが嵌まり始めていたのでそれを気にすることは出来なかった。
そしてパズルが完成する。
「思いついたわ」
何が? という訝し気な目線と、何やらスッキリした私の顔立ち。そして──
『あっ……』
午後の始業の鐘がなり、三人の声がぴったりと重なった。
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後の話になる。
王家主催の豊穣を祝うパーティが大盛況で終わった後、王城の元に1日体験と称してとある新しいメイド達がやってきた。
「ま、まさかこんな命令なんて……メイド服だけならまだしも……」
公爵家令嬢である自分が着ている質の良いメイド服を見ながら、彼女──フロールは羞恥で小さく震えていた。
「フロール様、大丈夫ですか?」
「別に無理しないでも、いいですよ……?」
そして、彼女の傍らにはいつもの二人。彼女らもフロールと同じメイド服に身を包んでいた。
フロールはメイド服を着ている自分に恥ずかしさで一杯だったが、何も言わずに付いてきてくれた二人を気遣う。
「貴女達こそ、これは私の失態みたいなものですから……わざわざ付き添わなくてよかったですのよ?」
「いえ、フロール様のためならどこにでもついていきますから!」
「同上……」
「貴女達……」
フロールは敗北した。しかも自爆のような形でだ。しかし、負けは負けということは認めなくてはならず、それはつまり勝者からの命令に従わないといけないということだ。
もう一人、学園に通う公爵家令嬢セリーネ。彼女はとある日、彼女にこう命令してきた。
「実は、王城でバイト……じゃなくて、人員が足りないところがあるらしくてさ……良かったらでいいんだけど、ちょっと体験してみない?」
それは表面はお願いだが、それは遠回しな命令だとフロールは勝手に理解してしまい、大人しく従ってしまった。その結果、またこうしてメイド服に包まれていると以前の屈辱が蘇ってくるようだった。
「ふ、ふふ、中々良い罰ゲームじゃない……」
フロールは半分強がってそう言った。そう、これでこそ次回に勝った時にセリーネに対して堂々と命令できるというものだ。
そう考えていると、彼女らが控えていた部屋の扉が開く。
「あ、こ、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「あら、貴女……確か、トレース家の」
「え、あ、お、覚えててくださったんですか……? ミリです。今日はよろしくお願いします」
「貴女もメイド体験をしにきたの?」
「いえ、私はここで働かせてもらってるんですよ」
そこでフロールは彼女がここで働いていることやきっかけ、そして以前にセリーネやフィアナもメイドになったことを聞くことになる。
「セリーネさんまで……一体どういうつもりなのかしら……」
「誰か紹介して欲しい、って言ってたんですけど。まさかまた公爵家の方が来るなんて……」
ミリはそう言って緊張しているようだが、反面フロールは羞恥心以上に何故か燃えていた。
(なるほど、ここでも勝負ということですわね……)
それはミリからセリーネの働きぶりを聞いたからである。存外、なんでも器用にこなしたと聞けば元々対抗心のあった彼女の火付け役としては十分だったのだ。
「わかりました。それでは今日一日はメイドとしてしっかり働かせて頂きます。クレスとトールも、不甲斐ない私だけど一緒に頑張りましょう」
「はい! お任せください!」
「……同上」
そして、その日のことは当たり前だが学園に広まることになる。
元々フロールは何だかんだ人望に厚いところがあり、彼女自身もその日のことを語り、そして王城のメイド不足のことを話して噂が大きくなったことにより、少しずつだが王城にメイドとして雇ってくれないかという学園の生徒が増えた。
そこまでのことをセリーネが考えてやったかはどうか、それは本人だけが知ることだった。
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