59.シスコン悪役令嬢、ダンス講師探し
「ほぇ? ダンスですかー?」
「そ、そう。アイカそういうのどう? 得意だったりする?」
その日の夕食後、帰る前と思われるアイカを捕まえた私は早速「ダンスは出来るのか」を問いかけていた。
流石にいきなり自分のことをカミングアウトすると不自然だし……という妙に臆病な自分が出てきたため、そこから先に聞くことにしたのだ。
ゆるふわに見えて意外なほどに器用で割りと何でもできるアイカならダンスも出来るかもしれない。そんな希望を持って。
しかし……
「あー、私ダンスとかはあまり得意じゃないんですよー」
「え……?」
「そのーできなくはないんですけど、色々と大変でー」
「色々? いろいろ……」
私の視線はアイカの胸に自然と向いていた。それか? その大きな果実が重いのか?
「やー、お嬢様視線がやらしいですよー」
アイカも私が言いたいことがわかったのか、そう言って胸を腕で隠す。隠れきれてないけどね!
と、とにもかくにもだ。アイカはダンスは得意ではなく、それはつまるところ講師になれないということだ。
まさか頼みの綱がダメになると思ってもいなかった私は、言葉を失って固まってしまった。
「でも急にどうしたんですか? お嬢様ダンスはけっこう得意でしたよねー?」
「うっ、え、えっとね……ほら今回の収穫祭のパーティ、あるでしょ?」
「あー、王城である豪勢な奴ですねー」
「そうそう! それでフィアナが初めて行くからってことで、今ダンスとか練習してるじゃない?」
「そうらしいですねぇ」
「だから、私もちょっと初心からダンスの練習をしようかと思って……それでちょっと相手を探してたというかーあはは……」
「ううーん?」
う、やっぱりちょっと苦しい言い訳だっただろうか。アイカは私の言葉を受けて怪しむような視線でジッと見つめてくる。
思わず目を逸らしそうになったが何とか堪えていると、アイカは首を傾げながらもとりあえず視線は解放してくれた。
「まあ『初心忘るべからず』とも言いますしー、良いことだと思います。というかそれならフィアナお嬢様と一緒にやればいいのでは?」
「……あ」
その手があったか。
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というわけで、私はとある一室の前にいる。この部屋はエトセリア家の屋敷の中にある広い部屋で、多目的ルームという言葉がピッタリの場所だ。
時には客人を迎える部屋になったり、立食パーティの会場になったり、それこそ今日みたいにダンスの特訓ルームになったりと忙しい場所である。
ゲームではダンスの練習をしようとしたフィアナだったが、セリーネがこの部屋を使用することを禁止してしまい、学園の一室で練習することになり、そこでも攻略対象とのプチイベントがあったりする。まあ今回も私が邪魔をするわけないので、フィアナは熱心にここで練習していることだろう。
「今入ってもいいのかな?」
「大丈夫だと思いますよー? ゆっくり入れば」
早速部屋にやってきた私だったが、今回はアイカも付き添いで来ている。もう仕事時間は終わっているのだが、興味があるらしい。その興味の先がダンスなのか私なのかわからないけど。
「じゃあ、失礼しまーす……」
「失礼しますー」
私とアイカが示し合わせてゆっくりと部屋に入ると、その中では動きやすい服装に着替えてステップを踏むフィアナと……
「いいですよ。そのまま、そのリズムを覚えてください」
メイド服を着たままのシグネがいた。
「え、シグネがダンスの先生なの!?」
「ひゃっ、え、あ、お姉様!?」
「……セリーネお嬢様にアイカ? どうしたんですか?」
思わず声を上げてしまい、彼女たちの練習を邪魔してしまう。フィアナもシグネも突然現れた私達に驚いたのか練習を止めた。
「あ、ご、ごめんなさい。邪魔するつもりはなくて……えっと、そのー」
「実はですねー、お嬢様が初心に戻ってダンスを学びたいと仰ったので、それなら一緒にどうかなーと思って来てみたんですー」
謝ろうとワタワタする私の横で、アイカが上手く説明をしてくれた。こういう時にサラッと助けを入れてくれる彼女は優秀だ。
「そうだったんですか。まあ何事も基礎は大事ですから、セリーネお嬢様がやりたいなら……フィアナお嬢様はよろしいですか?」
シグネが少し息を切らしているフィアナに尋ねると彼女は目を輝かせて頷いた。
「はいっ、お姉様と一緒に練習できるなら嬉しいです!」
あぁ、フィアナなんていい子……! 突然割って入ってきたのに怒ることもせずに受け入れてくれるなんて。
「シグネはいいの? 私が混じっても」
私がそう尋ねるとシグネは真っ直ぐに頷く。
「勿論です。お嬢様達の役に立てるなら本望ですし。というよりそれを聞くのは私の方です」
「え?」
「今フィアナお嬢様とやっているのは基礎の基礎なので、恐らくセリーネお嬢様にとってはつまらないかもしれないのです。それでもよろしいですか?」
「基礎! ええ、まさに基礎をしっかりしたかったの! みっちりお願いしてもいい!?」
「え、は、はぁ。それで良ければいいですけど……」
思わぬところで道が開けた。何だかんだアイカに尋ねてみてやっぱり正解だったのだ。というかよくよく考えてみればフィアナと一緒に練習したいって始めから言えばよかったのだろうか。
いや、でも私だけでそう言っても経験豊富だからと断られたかもしれないし、不自然に見える可能性もあるし、このパターンが一番よかったかもしれない。
「アイカ、本当にありがとう……これで何とかなりそうだわ……」
「何とか……? まあお役に立てたならよかったですー」
そこで、「さて」とシグネが区切る。
「今日はセリーネお嬢様は練習できる服装ではないので、明日からってことでよろしいですか?」
「うん。ごめんね急に頼んじゃって。明日からよろしくお願い」
「わかりました。それじゃ私もお二人用に練習メニューを考えてみます」
「……お姉様と一緒に練習……頑張らないと」
とりあえず今日はそこで話はまとまり、引き続きフィアナは練習に戻ったので、私はそれを見学することにした。
「じゃあさっきのリズムを思い出しながら足を運びますよ」
「は、はい……!」
少し慣れない感じながらも精一杯頑張って踊るフィアナが可愛いなぁ、とか思っていたらいつの間にかレッスンは終わっていた。
「では、今日はここまでにしましょう。フィアナお嬢様お疲れ様でした」
「あ、ありがとうございました……」
汗をダラダラ流すフィアナと少し疲れている様子のシグネ。見ていてはっきりわかったが、どうやらシグネはそういったのに慣れているらしい。ゲームではそんな情報なかったのに。
「明日から、かぁ」
フィアナとシグネはお風呂に向かって言ったので、私はアイカと一緒に部屋に戻る。
「そういえばアイカはもう帰らなくていいの? だいぶ遅くなっちゃったけど……」
「はいー、時間は特に問題はないですよー」
ん? とそこで何かが引っ掛かった。「時間は」とアイカは言った。その言い方だとまるで他には問題があるような感じではないか。
「……アイカ?」
急に後ろを歩いていたアイカの足音が聞こえなくなり、思わず振り返る。そこにはいつも通りのんびりした雰囲気の彼女がいたのだが、どこか違和感があった。
そして、その勘は正しかった。
「セリーネお嬢様。一つ確認したいことがあるのですがー」
「な、なに?」
夜は既に深く、廊下は物音一つしていなかった。そんな中にアイカの声が響いた。
「何か隠し事をしてませんかー?」
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