58.シスコン悪役令嬢、パーティと妹
困ったものだ、と自室で頭をウンウンと捻っている。
「ダンス、だんす……Dance……」
頭の中ではその単語だけが渦巻いており、どうしたものかとさらに頭を捻る。
そろそろ捻った頭が元の位置に戻ってくるのではないいかというところで膝元から声が掛かる。
「どうしたんですか?」
私の膝を枕にして横になっていたフィアナが、顔を見上げながら尋ねてくる。その彼女の頭をゆったり撫でながら、パーティについて聞いてみることにする。
「フィアナはパーティ楽しみ?」
「え? そうですね……私の街も収穫祭の時はとても賑わっていたので、凄く楽しみです」
「そっかそっかぁ」
あー無邪気だなぁ、なんてナデナデを続けながら微笑む。しかし、フィアナはそこから少しだけ表情を曇らせて不安げに言ってきた。
「でも今年は王城の方に行くって聞いて、明日から作法やダンスを学ばないといけないみたいんです。私、そういうことはやったことなくて……」
「へ、へぇ、た、確かに初めてなら、ふ、不安よねぇ」
「はい……お姉様くらい出来れば良いのですが……」
「あ、あはは……だ、大丈夫よフィアナならー……」
思わず、一緒にやらせて! と言いそうになるのを何とか堪えた。
フィアナから見た私はきっと、作法もダンスも完璧にこなせる姉として映っているのだ。その理想像を崩してはならない。
まあ、彼女も何だかんだゲーム内で特訓することでかなり上達していたし、その部分は私が心配する必要もないだろう。
「あ、あの、お姉様……」
「ん? どうしたの?」
そう思い、如何にして完璧な姉を演じるか長考していたら、心細い声で呼ばれた。どうしたのかと見下ろすとフィアナは何かを言おうとして、言葉に詰まっているようだった。
そんなフィアナをしばらく訝し気に見つめていたが、彼女は結局は諦めたのか誤魔化すように笑った。
「あ、いえ、何でもないです。えへへ、気にしないでくだふぁっ!?」
その申し訳なさそうな顔を見た瞬間、私はフィアナの頬をガシッと掴んだ。勿論痛くないようにゆるーく、包むようにだ。
「ほ、ぉ姉様?」
「いいんだよ、何でも言って」
「え?」
申し訳ないが、こちらはそういう不安の種を後に残しておきたくない性格だ。それに姉としていくらでも頼って欲しいし、何ならどんなお願いでも叶えてやりたいとすら思っている。(そこまで何でも出来るわけじゃないが……)
私はフィアナが不安にならないように、少し茶化すようにゆったりと頬をこねくり回す。彼女のそこはまだ幼さの残るモチモチ感とスベスベ感が見事に両立していて、ずっと触っていたい頬だった。頬擦りしたら流石に引かれるかな。
「で、でも、迷惑じゃ……」
「そんなことないわよ。私達は家族なんだし、それこそ話したいことを包み隠す必要もないわ」
頬を撫でていた手をフィアナの頭に移して、ポンポンと安心させるつもりであやす。
「もちろんフィアナが話したいなら、だけどね。あんまり私じゃ頼りないかもしれないけど」
「そ、そんなことはないです! お姉様は私にとって憧れで、いっつも助けてくれて、気に掛けてくれて、えっと、ええっと……」
膝の上でフィアナは慌ててそう言うと、言ってから恥ずかしくなってしまったのか、クルっと体を反転させて顔を膝に埋めてしまう。あ、やばい可愛い。
「う~……」
たぶん言いたいことを伝えるか、伝えないかで悩んでいるのだろう。別に無理強いをするつもりはないので、私はそのまま頭を撫でてあげる。
思えばこうして、甘えてくるようになったのもだいぶ好感度が上がっている証拠じゃないだろうか。私も膝枕されたい。
「あの、お姉様……」
「んー?」
そうしてしばらく過ごしていたら、膝に顔を埋めたままでフィアナが話しかけてくる。どうやら言う決心をしたらしい。一体何なのだろうか。
「あの、パーティはお姉様も出席されるんですよね」
「……う、うん。そ、そうね」
出来れば欠席したいとは言えない。
「私、そういうパーティ出たことがなくて、あの……お姉様、わ、私と一緒にいてくれませんか……?」
「え?」
そんな当たり前なことを聞いてきたフィアナに私は首を傾げる。まさかそれをお願いしたかったのだろうか……?
「な、なんて、お姉様も人付き合いがありますよね……わ、私は一人でも大丈夫なので……」
「そんなの当たり前でしょう?」
「え?」
フィアナはクルリと体を回転させて私を見上げる姿勢に戻る。その彼女に微笑みかけるように言う。
「可愛いフィアナを一人にするわけないじゃない。パーティはずっと一緒にいるわよ。始まりから終わりまでずーっと」
「ほ、ほんとですか……?」
「うん、約束する」
果たして勝手に約束していいのか。しかしこの時の私はフィアナの事しか頭にないので何も考えていないのだ。仕方ない。
「う、嬉しいです……私、お姉様と一緒にいたかったので……」
あー、もう可愛いなぁ!
「あー、もう可愛いなぁ!」
本音と建前を完全にシンクロさせながら、私はその後もイチャイチャとフィアナとのスキンシップを楽しんだ。
結局パーティを何とかして欠席するという選択肢を自ら潰してしまったが、フィアナの為だからそれもしょうがない。
というわけで、パーティまでの一ヶ月の私の行動は決まったようなものだった。
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「とりあえずやることを整理するわよ」
「は、はぁ」
再び場所は図書館。今回もアクシアにはお付き合い頂いている。
「とりあえずフィアナと一緒にパーティに出ることになったから、何とかしないとね」
「最近フィアナの機嫌がいいのは、そのせい……?」
「そうなの? まあちょっと不安だったみたいだしね」
「でも、実際パーティで、ずっと一緒にいるのは……」
アクシアの言葉にうーむと呻く。実際彼女の言う通りで、ずっと一緒にいるのはそれなりの策略を立てないといけない。
でも、今はとりあえず作法とダンスをどうにかする必要がある。
「まずはパーティを乗り越える方法をどうにかしないとね。流石に公爵家の娘が粗相は出来ないし」
「とりあえず……作法とマナーに関する書物は、集めてきた……」
「え? まじで?」
アクシアはそう言うと、何冊かの本を差し出してきた。どれもパーティでの貴族としての立ち振る舞いが説明されたもので、まさに今欲しい本であった。
それを受け取りながら、アクシアをジッと見つめる。
「……なに?」
「いや、事情を知っているとはいえ、いつもこうやって助けてもらって申し訳ないなって……どうやってお返しすればいいかな」
「別にお礼を求めているわけじゃない……困ったときは、お互い様っていうし……」
「アクシア……ありがとうね。貴女が友人で本当に良かった」
「……ん」
こんな友人がいる私は幸せに違いない。
「とりあえず本から学んでカバーできる分はいいとして、あとはやっぱりダンスよねぇ」
「そればっかりは練習しないと……」
「そういえばアクシアは出来るの?」
「今、講師の人を雇って……練習してる。本当は私もパーティは嫌なんだけど……」
「そうなんだ……フィアナも確か今日から練習だって言ってたわ」
フィアナやアクシアのように、経験が浅いとそういう風に先生を雇って特訓するのが常識らしい。
つまり私みたいな、パーティに出席している回数が多い者はダンスは出来て当然、マナーや作法も知っていて当然、というのも常識なのだ。だから表立って初心者講習を受けることができないのだ。
「やばいなぁ……どうしよう」
「やっぱり、信頼出来る人に……事情を話すのが一番いいかも……ダンスが得意そうで、そういう人はいない……?」
「うーーーん……誰か、いるかなぁ?」
信頼できる……付き合いの長い相手。
「あ」
そう考えた時に一人だけ思いつく相手がいる。ウェーブさせた赤い髪と、とある豊満な部位が特徴なゆるふわお付きメイド……
意外と何でも出来る印象のある彼女なら、もしかしたら。
「ちょっと、話してみるかぁ」
私の隠れた事実を聞いた時、彼女はどんな反応をするだろうか。不安でもあるが、それ以外に現状を打破する方法も思いつかない。
私はそう思って、自分の事を話す決心をしたのだった。
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