55.シスコン悪役令嬢、友人（？）が増える

　ポカン、という効果音が状況的にはぴったりだった。

　私の目の前に差し出されたフロールの手は小さく震えていて、そこから緊張の度合いが伝わってくるものの、私の頭だって混乱度合いでは負けていない。

（え、なに、どういうこと？？？）

　友人になりたい、という言葉の意図が全くわからず私は固まってしまっていた。そもそも友人とは何かという話にはなってくるのだが、フロールの性格上、変に裏はなくそのままの意味だとは思うのだが。

「えっと、友人に？　私と？」

　思わず聞き返すように尋ねると彼女は少し荒く答える。

「そ、そうですわ！　貴女以外に誰がいますの！」

　フロールは顔を赤くしながらそう言うが、やっぱりさっぱりわからなかった。

　結局のところ、私は直接その心意を問うことにするしかなかった。

「友人って、えっと……ちょっとどういう意味かわからないんだけど、もしかして何か変な暗喩だったりする？」

　実は令嬢社会特有の何かがあるのかと疑いの目を向けてしまったが、それは失敗だとすぐに悟った。明らかにフロールの顔が不機嫌になったからだ。

「ち、違います！　私は本当に！　ただ貴女と良き友人になれればと！　そう思っただけで……」

　素直な彼女に掛ける言葉を間違えた。

　どうやら本気で友達になりたいというのは本当らしい。しかし、どうしてまたこのタイミングなのか、それに一応こちとら評判の悪かった公爵令嬢である。普通は仲良くしようと思うどころか疎遠にするのが普通じゃないか。私だったら近づきもしないだろうに。

　そんな私の思いをくみ取ったのか、フロールはポツリポツリと語りだした。

「だって、同年代で同性で同じ立場の人なんて貴女しかいないんですもの……だから対等にお話しできる友人が欲しかったんですわ。だから貴女にはその、よくちょっかいを掛けて。それでも、全然取り合ってもくれないし……」

　それを聞いてフロールのあの猪突猛進的な絡み方の目的が判明する。そりゃゲームのセリーネだったら同じ立場にいる彼女にも敵意を表すような気はする。

「でも最近は貴女も変わったと聞いて、それでもしかしたらと思って……それで、どうなんですの！？」

「いや、どうもこうも……」

　そもそも友人とは「なります！」といって成り立つものだろうか。

　私個人としては彼女に対して頷くのは全然構わない。だけど心のどこかで何か腑に落ちない変な引っかかりを感じていた。

「それに、友人って……そっちの三人だってそうじゃないの？」

　話の流れを変えるように私が一緒に座っている彼女たちを示すと、フロールは慌てて声を荒げた。

「あ、当り前ですわ！　彼女たちだって大事な方々です！　ただ、私は貴女とも友人になりたいのです！」

　幸いにして食堂は騒がしいため注目はそこまでされていないが、私達の様子がおかしいとこちらを見ている影もある。また変な噂がたっても嫌なので、とりあえず私は折れることにする。

「そこまで言うなら、まあいいんだけど……でもさ」

「いいんですの！？」

　私の言葉が終わらないうちにズイっ！　とフロールが身を乗り出してきた。その嬉しそうな様子から考えると純粋なのか、それとも実は実はで何か隠しているのでないか不安になる。

　私はちょっと待てという意味を込めて、慌てて手を前に突き出した。しかし、それを私が手を差し出したのと勘違いしたのか、フロールは嬉しそうに私の手を包み込むようにして握ってくる。しっかりとケアしているのか、フィアナとはまた違うスベスベで綺麗な女性の手だった。

「ありがとうございますセリーネさん！　これで私達は親友ですわね！」

「え、はやっ！？　ちょっと待って、だから……」

　一体どういうことなのか、それを聞こうとしたら給仕の人が両手にお盆を持ってやってきた。

「お待たせしました。本日のシェフのオススメです」

　忙しいというのに給仕の人は慌てず慣れた手つきで私達の前に料理を並べていく。

　料理の内容は一言でいうと洋食セットという言葉がピッタリで、ガーリックパンとコンソメスープ、目玉焼きを乗せたハンバーグにサラダと中々のボリュームだ。

　今まで感じていなかったが、テストで頭を使っていたせいか、料理を前にした瞬間にとんでもない空腹に襲われた。

　だけどまだ話が……

「さぁ、料理も来ましたし、冷めないうちに頂きましょう！」

　話が……

「わっ、フロール様！　このハンバーグ凄く美味しいですよ！」

「やはり一流のシェフが担当しているだけありますね」

「う～ん、肉汁が凄いです～」

　まあいっか！　とりあえずご飯食べてから聞けばいいよね！　美味しそうだし冷めたらもったいないし！

　とまあ、取り巻きの方々の言葉に惹かれた私は、肝心なことをなあなあにしてしまい、雑談を交えながらの食事をあっさりと終えてしまった。

「ではセリーネさん！　例え友人になったといえど私達はライバルでもありますわ！　魔法の試験では絶対に負けませんわよ！　それでは！」

　そしてフロールはそんな台詞を残して取り巻きと一緒にその場から立ち去っていった。その後にポツンと残ったのは公爵令嬢セリーネだけ。

「……あれ？」

　結論から言うと、よくわからないけど何か友人が出来ました。以上。

「あれぇ？」

　そして、ここでちゃんと聞いていなかったことに滅茶苦茶後悔することになるのは、もう少し先の話……