53.シスコン悪役令嬢、試験を迎える
たった二日しかなかったけど、試験に向けて最善は尽くした……はずだ。
魔法の特訓に関して言えば初回はちょっと怪しい雰囲気になってしまったけど、次の日の練習からは魔力を貰ってからすぐに魔法を使えば変な風にはならなくなった。あの現象は名前をつけるなら『魔力酔い』って感じだろうか。
フィアナはその話題には触れてこないものの、スキンシップで何となく手を握ったりするとちょっと顔を赤くするようになった。可愛い。何だか可愛いばっかり言っている気がするが事実だから仕方ない。
「くはぁ……」
そんなこんなで現在、私は机に突っ伏していた。
「セリーネさん! テストはどうだったのかしら! ちなみに私は自信ありですわよ!」
試験当日の午前、私は筆記試験を乗り越えた。とは言ったもののそこまで自信があるわけではない。結局アイカを先生として勉強はしてきたが、やはり付け焼き刃というか解けるには解けたが完璧ではなかったのも確かだ。
(でもアイカがいなかったらマジでやばかったかも……)
今はきっと家でのんびりしているメイドに心の中で頭を下げながら、さっきから目の前でドヤ顔をしているフロールに視線を向けて答える。
「私はまあ、普通だったよ。ん、普通……」
「あらあらそんな自信なさげでよろしいのかしら? 今回のテストは本当に私が勝ってしまいますわよ!」
私自身が特に勝ち負けにはこだわっていないのだが、目の前の彼女は違う。その白熱している様子から考えて、今までずっと負けていたのだろうがそういう意味では元のセリーネのスペックの高さが窺える。
「それでは次は午後からの魔法試験でお会いしましょう! そこで私のとっておきをお見せしてさしあげます!」
「あー、うん……」
「では、ごきげんよう! さ、皆さん行きますわよ!」
フロールはドヤ顔のまま後ろで控えていた取り巻き数人を連れて出て行った。
この学園のテストは一日を掛けて全部行われる。午前で筆記の詰め合わせ、そして午後からはそれぞれ学園ごとに用意された場所で魔法の試験が行われるのだ。
「まあ筆記は最低限何とかなったと思って、気分転換に昼食にしよう……」
ふぅ、と一息ついて席から立つ。既にクラスメイトは殆どが昼食に出ていったのか教室の雰囲気は少し寂しい。
「とりあえずフィアナ成分を補充しなきゃね。うん」
試験当日といえども、いつも通り妹成分は補充しなければならない。だからフィアナに合流するために中等部の方に向かったのだが……
「……え? 勉強?」
「は、はい。午後からは筆記試験なので……」
中等部に向かう途中で嬉しいことにフィアナとアクシアが待っていてくれたのだが、彼女らから宣告されたのはそれはそれは残酷なことだった。
「え、昼から筆記なの? ……あ」
話をしなながら突然思い出す。そういえばゲームでは午前に魔法の試験がイベントとして設定されていて、午後からの筆記試験に関しては適当なテキストだけで済んでいたのだ。
なるほど、中等部と高等部で魔法の試験が被らないようにしているのか……それをうっかり忘れていた自分を少し責める。
「だから今日はすみませんが……」
「勉強したいからお昼は一緒に食べれない……」
フィアナが言いにくそうにしているのをアクシアが代弁した。流石に私も勉強する彼女らを我儘で邪魔しようとは思わない。
「そっか……じゃあ勉強頑張ってね。そういえば二人とも魔法の試験は大丈夫だったの?」
仕方ないかと別れる前に少し気になったので聞いてみた。ただ流石にその心配は杞憂だったらしく、フィアナもアクシアも特に苦労らしい苦労はなかったらしい。
そりゃ中等部の試験は魔法の初級を扱うだけで、フィアナはとっくに覚醒状態、アクシアも魔法を扱うのは長けているようだし、問題があるわけもなかった。
「お姉様も午後から頑張ってください!」
胸の前で両手をグーにして、張り切り顔で声援を送ってきた彼女に私は我慢できずに抱き着いた。
「うう、ありがとう! フィアナー! お姉ちゃん頑張るよ!」
「は、はいぃ……」
とりあえず昼休みを一緒に取れない分フィアナをハグをしてから彼女らとは別れた。どうやら今日の昼食は一人になりそうだ。
「……どうしようかなー」
別にいつも通り購買で買って学園の庭で食べてもいいのだが、せっかくだから一度くらい食堂に行くのもいいかもしれない。
魔法の試験に関しては事前に勉強とか訓練することは出来ないので、そういう意味では少し時間を持て余してしまう。
購買か食堂か、結局悩んだ末に私は食堂に行ってみることにした。この世界で目が覚めてから来たことはないが、ゲーム内では絶賛されるほど美味しいらしいから気にはなっていたのだ。
(席とか空いてなかったらその時は購買にしよう)
ふと美幸だった頃の高校時代を思い出す。私の学校は当たり前に普通の学校だったから学食もそんなに大きくなく、昼休みはいつも混雑していた……ような気がする。
(……あれ、何だか上手く思い出せないような?)
それを思い出そうとして、しかし当時の記憶に少し靄がかかっているような感覚に襲われる。何故だかわらかないが上手く思い出せない。決して遠い過去ではないというのに。
(……???)
その気持ち悪い感覚に戸惑っていた私に、後ろからさっきも聞いた声が掛かった。
「あら、珍しいですわね?」
「ん?」
聞き覚えのある声と特徴的なお嬢様口調でフロールだとは振り向く前にわかった。彼女は相変わらず取り巻き数人を引き連れているようで、私がポツンといたことに少し驚いているようだ。
「今日はお一人ですの? いつもこの時間は妹さんといらっしゃるって噂で聞いていましたが……」
噂になっているのか、と自分の注目のされ方に驚きつつも、それを悟られないように答える。
「あー、今日はちょっと色々あって一人なの。それで食堂に行ってみようかと」
「そうでしたの……ただ、今の時間だと席は殆ど空いていませんよ? それこそ一人で入るなら」
「そうなの?」
聞けば食堂は一人用の席は少なく、複数人で座るテーブルが多く設置されているらしい。だから一人で入るのはお勧めじゃないとのことだ。
それを聞いてどうしようかと悩んでいると、フロールが勝ち誇ったような顔で提案してくる。
「まあ? セリーネさんがお嫌でなければ私達と一緒でも構いませんけど?」
「あー……」
「ふふん、流石に貴女のライバルである私から施しは受けれ──」
「それいいね。じゃあご一緒させてもらおうかな」
「ないようですわ……え?」
「え?」
ありがたい申し出だったから普通にお願いしたら驚いた顔をされた。フロールだけでなく後ろに控えた取り巻きも驚いている。
(そ、そんな席の一つに関してもセリーネはプライドが高かったの……? 確かにテーブルに座っているグループを弾いて座っても不思議じゃないけど……)
「な、なんてこと……前みたいに席に座っている方々を退けないなんて……」
いや、やってたんかい。もう自分に突っ込みきれなくなってくる。
「フロール様、やはり……」
その時、取り巻きの一人がフロールにコソコソと耳打ちした。すると彼女は何かに納得したように頷いた。
たぶん私の事だろうけど本人を前に中々勇気があるじゃないか。
「ま、まあいいですわ! それなら一緒に行きましょう!」
「あ、うん。よろしく」
結局何を話したのかわからなかったが、そう言って進み始めたフロールに私は付いていくことになった。
(そういえば、私よりずっと先に教室を出たはずなのに、何で昼食が一緒のタイミングだったんだろう?)
そんなちょっとした疑問も残ったが、とりあえず今は彼女らに大人しく従いながら、実はちょっと楽しみにしていた食堂に向かった。
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