45.シスコン悪役令嬢、あーんをする
フィアナが目を覚ましたのは正午のちょっと前で、昼食を摂るタイミングとしては悪くない時間だ。
彼女の部屋の前まで来てノックをすると、中から返事が返ってくる。それを確認してから入室する。
「え、お姉様? どうしたんですか……それは?」
フィアナは私が来るとは思っていなかったようで目を丸くしていた。それに私が料理が載った盆を持っていることにも驚いている。
「私とアイカで風邪が早く治るようにと思って作ってきたの。今食べられそうかしら?」
私がそういうとフィアナは丸くした目をもっと丸くして露骨に驚いた。
「お、お姉様お料理出来るんですか!?」
「な、何か言い方がアレだけど……これぐらいなら出来るわよ。口に合えばいいんだけど」
「わぁ、嬉しいです……」
「フィアナもあの時ホットミルクを持ってきてくれたからね」
盆をテーブルに載せて水やら準備をする。今回はお付きメイドの二人には無理を言って下がってもらっている。何から何までしてもらっては私としても情けないからだ。
「調子はどう? まだ怠い?」
「うーん、朝に比べたらだいぶよくなりました。まだ少し体が重いような気はしますけど」
「そう……食欲はあるかしら? 食べやすい物を作ってきたつもりなんだけど」
出来立ての卵粥に温かいスープ、美味しそうな湯気が立ち上るそれを見て、フィアナは小さな返事をした。
くぅー、という可愛いお腹の音で。
「ふふ、お腹は減ってるみたいね」
「あ、うぅ……はい……」
というかお腹の音すら可愛いってなんだ。これが妹力なのか? それともヒロイン力なのか???
恥ずかしそうに布団を口元ぐらいまで隠すフィアナだったが、その仕草も小動物っぽくて可愛すぎる。
「なるほどこれが主人公……」
「え?」
「あーいや、こっちの話。気にしないでください」
たぶんそれは彼女にだけ許された特権だ。私がしたって気持ち悪いだけに違いない。
そんな強大なヒロイン力を前にしながら、私は取り皿やら何やらを用意する。
「それじゃ起き上がれる?」
「はい、大丈夫です」
私がそう言うとフィアナはゆっくりとベッドの上で起き上がる。ふらついてもいないようだし顔色も朝よりはずっといい。栄養を取っても大丈夫そうだ。
「味見もしたから不味いってことはないと思うんだけど……そういえば卵嫌いとかじゃないよね?」
そもそも卵粥で失敗することはあるだろうか。確かに焦げたりといった失敗はあるかもしれないが、私は料理に独自のアレンジを加える派ではないので味だけは大丈夫なはずだ。
「はい、特に好き嫌いはないので何でも食べれますよ」
良い子だなぁ! 私なんかいまだにアスパラとかピーマンとかの緑系野菜が苦手だって言うのに!
「じゃあこれを持っ……あ、そうだ」
「……?」
取り皿に移した卵粥を渡そうとして動きを止める。フィアナは突然停止した私に首を傾げていた。
が、私が何をしようとしているのか、勘づいたのか慌てて首を振った。
「い、いや、流石にそれは……!」
私は取り皿の粥をスプーンで一掬いする。それが意味するのはたった一つの尊い(主観)行為。
「はい、フィアナ。あ~ん♪」
「いやいやいや、ですからそれは……は、恥ずかしいですっ」
この行為の正式名称は知らないんだけど、一度妹が出来たらやってみたかったランキング上位に入っていたものだ。
フィアナは風邪だしね! 無理をさせてはいけない。
「駄目だよちゃんと安静にしなきゃ。今日はこのお姉ちゃんにたっぷり甘えていいのよー? ほらあーん」
「わ、私そんな子供じゃ……」
「ほら、あ~ん」
「ううぅ」
どうやら私が引くつもりがないことを悟ったらしく、フィアナは諦めに近い唸り声をあげる。
というか、子供じゃないと言ったがまだまだフィアナは子供だと思う。精神的には下手したら私より高いかもしれないが、実際はまだ13歳だ。
今朝だってたぶん熱でぼんやりしていたせいだろうが、頭を撫でられてちょっと甘えてきたのだ。きっとそれもまた彼女の素の一つに違いない。
だから退かない。私の欲望でもあるんだけどね!
「…………わかりました。それじゃいただき、ます」
何だか無理矢理っぽくて罪悪感もあるが、フィアナは小さな口を開けて私の持っているスプーンを口に含んだ。
その瞬間。
「────っっっ!?!?!!」
「きゃあっ!? フィアナ!?」
フィアナは口を抑えて飛び上がった。そして私はそこで全くお粥を冷ましていなかったことにすぐに気がついた。
「あ、ああ、あごめんごめんごめん!!! み、水、はい水!」
バタバタと声に出さず悶えるフィアナに慌てて水を渡す。彼女は慌てながら水を流し込んで……はーっと文字通り熱の籠った息をついた。
「は、はひゅ、すごく、熱かったです……」
「ご、ごめん! 本当にごめん! 大丈夫、舌火傷してない!?」
思わず駆け寄って確認する。舌を見たところ火傷のようにはなっていないようでそこはホッとした。
しかし、またやってしまった。いつもこうなってしまう気がする。暴走してフィアナや周りに迷惑ばっかり掛けてしまう。
「本当、ごめん……どうかしてたわ」
「だ、大丈夫ですよ! ちょっとびっくりしただけですから!」
しかも妹に気を使ってもらうなんて姉として、人間としてどうなの……
「じゃあ取り皿によそうから、後はフィアナが冷ましてゆっくり食べてね」
とりあえず一回冷静になろう。そもそもあーんして食べさせることに何を括っていたんだろう。確かにやりたかったことではあるんだけど。
「…………」
「……フィアナ?」
しかし、そこで今度はフィアナが動きを止めていた。それを見て今度は私が首を傾げる番だった。
どうしたんだろう、そう思っていたら彼女は本当に静かな声で小さく呟いた。
「も、もう、してくれないんですか……?」
「え?」
もうしてくれない? なんのことだろうか、さっきした暴走行為なわけじゃ──
「さっきみたいに、食べさせてはくれないんですか……?」
それだった。
「え、ええっ!? で、でも危うく火傷しそうだったし!」
「そ、それはっ、注意すれば大丈夫ですし……たくさん甘えていいってさっき言ってくれましたよね? あれは嘘だったんですか……?」
「ふぃ、フィアナ……いいの? こんなダメ姉で……」
「お姉様はダメなんかじゃありません。確かにたまに無茶するなって思いますけど、それでも私にとっては自慢のお姉様ですから……だからそんな風に悲しまないでください」
「フィアナああっ!」
最後の最後までフィアナに気を使ってもらって、さらに慰められた愚かな私は嬉し涙を溢しながら彼女の柔らかくて小さい体に抱きついていた。
きっとシグネが見ていたら「どっちが妹かわからない」なんて言われたに違いない。
でも、それぐらいフィアナは良い子で、益々私は姉として頑張ろうと心に誓ったのであった。
「はい、あーん♪」
「あ、あーん……ぅぅ、でもやっぱり恥ずかしぃ……」
それはそれとして、その後はたっぷりと甘えさせて上げた。勿論スープも同じように食べてもらったし、結論としてはフィアナは何しても可愛いという確証を深くする出来事であった。
その後、食事が終わってしばらく他愛もない雑談に花を咲かせつつ、ちょうど心地よい睡魔が来たのかフィアナはウトウトし始めたので、優しく寝かせる。
「朝みたいに撫でてくれますか……?」
「勿論、ずっと横にいるからね」
朝と同じようにゆっくりと撫でてあげると気持ち良さそうにしながらフィアナは目を閉じる。
「えへへ……」
その絆された表情に心がどうにかなりそうだったが、姉理性を保って何とか耐えつつ、彼女が寝静まるまでそばで彼女を撫で続けていた。
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