27.シスコン悪役令嬢、闘技場に立つ
訓練場はさながら闘技場のようであった。試合用のステージには私とバリス、そしてその観客席には生徒が割と多く見学に来ており、中々の賑わいを見せていた。
私が現れると少しだけ場がざわついたが、先にいたバリスがサッと手を挙げてその声を制した。
当たり前だけど彼も王族で生徒からの人気は高い。勿論プレイヤーからの人気もある。アランがクールイケメンならバリスは熱血イケメンか、ある意味対極にいる彼らはそれぞれ違う層のファンがいるのだ。
さて、その熱血漢のバリスは私を見て、フンと鼻で笑った。
「正直、怖気づいて来ないんじゃないかと思ってたぞ」
「なんでよ。一度挑んだ勝負を投げるような真似はしないわ」
「中々良いことを言うじゃないか。そうじゃないと俺もやりがいがない。ただ、今までお前のことは我儘高慢ちきなご令嬢と噂を聞いていたが、どうやら噂は間違っていたようだな」
たぶんそれ前のセリーネだと思います。とは言わなかったけど、やっぱり色々とよくない噂はとっくに出回っていたようだ。
「兄貴が言っていたのはこういうことだったんだな」
「兄貴……って、アラン、様のこと?」
一瞬呼び捨てになりそうになって慌てて様をつけた。ゲーム感覚で呼んだら危ない。ここがそういう世界でないことはちゃんと認識しておかなくては。
「そうだよ。お前、兄貴の前で蹲ったらしいじゃん」
思い当たる節はある。
「……あの頭痛の時ね」
「兄貴はその時からお前が変になったって言ってたな」
「変……」
もうちょっと遠回しな表現はなかったのだろうか。変という一文字で表されると何だか悲しくなる。そんな私の気持ちをスルーしてバリスは続けた。
「何でも日課の『挨拶』に来なくなったりとか、すれ違っても煩わしい程媚を売ってこなくなったとか、だいぶ過ごしやすくなったらしいな」
「そ、それは、すみませんでした……」
恐らくその行動は以前のセリーネで間違いない。そういえば取り巻きの人達も挨拶に行かないのかって言ってたなぁ。そういうことばっかりしてるから無駄に彼にストレスを与えてたりしてたんだろう。いや、本当申し訳ない。
だけど、今はこの場にいないアランに謝る時間ではない。
「それで、すぐに始めるの?」
「おう、当たり前だろ。準備運動がいるか?」
「いいえ、大丈夫。それよりも私が勝ったら約束通りちゃんと謝ってよね」
「ああ、約束は守る。ただ、それはお前も同じだぞ」
「わかってるわよ、貴方の変な趣味に付き合うのは癪だけど」
「俺の趣味じゃねぇ! ったく、まあいい。それじゃ先にこれを渡しとくぞ」
「これは?」
彼は私に近づいてくると青い宝石のネックレスを渡してきた。まさかプレゼント、という感じではない。
「これは闘技の際に使われる結界石のネックレスだ」
「結界石?」
「そうだ。それを付けると簡単な結界を張ってくれるんだ。だが一定の攻撃を受けると石が割れる仕組みになっている」
「なるほど、先に石が割れたほうが負けってことね」
「察しがよくて助かる。これなら大怪我をする可能性も減るからな。闘技場での基本ルールだ」
流石にバリスも血を見るような争いを望んでいるわけではない。だけど、私は一つ気になることを指摘する。
「あのさ、一つ聞きたいんだけど、なんでそんな闘技ルールを知ってるの? まるで闘技大会に参加したことがあるように慣れた説明だけど」
「うっ……な、何でもねぇよ。ただちょっと知ってただけだ」
「ふーん……」
まぁ、人の目を盗んで変装したあげく、国の闘技場で力試ししてるってのは設定で知ってるんだけどね。これで脅そうかとも思ったのだが、流石にフェアじゃないのでやめておいた。
「そ、そんなことはどうでもいいだろ別に! さ、それよりも準備しろ!」
彼はそう言うとサッと手を一振りした。その瞬間、彼の手に燃え盛る剣が召喚された。彼の愛用武器だ。
「きゃー! バリス様かっこいいー!」
観客の女生徒から黄色い歓声が上がる。確かに荒れている赤髪に炎の剣はよく似合う。少年漫画の主人公と言っても過言ではないかもしれない。
「悪いが俺は相手が誰だろうが手加減をするつもりもないし、精一杯戦わせてもらう。同じ土俵に立つのなら尚更な」
隙のない剣の構え。彼はこういう男だ。どんな時も真っ直ぐに自分を貫く。そういったところに惚れたファンも多いのだろう。
だけど、私だってフィアナの為に負けるわけにはいかない。何よりもこれは謝るとかそういう問題だけではないのだ。
フィアナは平民出身だ。それはどうしたって変わることはない。それ故によく周りの貴族から蔑まれるのだ。出身においてそういう差別が起こるのは良い事ではないが、それがこの世界の常識だ。王族が、貴族が偉く、平民はその下。
それを否定するつもりはない。郷に入れば郷に従え、である。
だけどフィアナに関しては別問題だ。このままこの学園に通い続ける限りそういう目線があるのはかなり大変だろう。私はもう卒業が近いが彼女はまだまだこれからなのだから。
だから、この戦いにおける勝利には意味がある。王族であり第二王子でもあるバリスがフィアナに謝ったという事実があれば、少なくとも彼女に対する悪意ある目線が少しは減るはずだ。
だから負けられない。
「悪いけど、私にだって負けられない理由があるの。どんな方法を使ってでも、ね」
「……よっしゃ、それじゃ始めようぜ! おい、審判! 合図を!」
立会人ということで、この訓練場に常駐している職員が審判の役目を担っていた。貴族同士の模擬試合だと聞いていた筈の彼は、私達の譲れない気迫にどこかおかしい空気を感じたのだろう。
しかし、バリスに指示された以上開幕の合図を出さざるを得ない。
「それでは、これより試合を開始する。勝敗はお互いの結界石どちらかが割れるまで。なお、重大な怪我をさせる行為は固く禁ずる。よいか?」
お互いとも頷いて答えた。私はふぅ、と一度息を吐く。落ち着こう、私の記憶が正しければ"負けるはずがない"のだから。
「では、始め!」
審判がそう言った瞬間、バリスは剣を私に向けて唱えた。
「燃え盛れ、ファイアグライド!」
その瞬間、剣先から強烈な炎が左右に別れて襲い掛かってくる。初めて見るんだったら呆気に取られてしまう技だ。だけど……その炎が交わる場所に、既に私の姿はない。
「なっ……!?」
そう、私は知っていた。ゲーム内での戦闘では彼は最初に必ずその技を使うことを。そしてその技は左右に別れた炎の渦が対象を挟むように襲うようになっていることもだ。
つまり、その技が出始めるあたりから目の前に全力疾走すれば──
「悪いわね! 手の内がわかってればいくらでも対応が出来るのよ!」
私の秘策はこれだ。
私は彼の技全てをゲームで知っている。それがどういう効果で、どういう動きをして、どういう強さなのかまで全てお見通しの状態なのだ。つまり相手の手がわかっているジャンケンをするようなものである。
「食らいなさい!」
いきなり私が突っ込んでくるなんて思ってもいなかったのだろう。呆気に取られる彼に向けて私は身体中から手先に向けて集中する。
散々練習して身に着けた、物凄い硬度の尖った氷を高速でぶつける至ってシンプルな、それでいて真っ直ぐな力押し魔法。
「アイス・ストレート!」
手先からイメージ通りの魔法の氷が高速で射出され、それがバリスに向けて真っ直ぐに向かう。
(もらった!)
彼は驚いているのか動く様子はなく、私はそれを見て勝利への確信を確かなものにした。
ブックマークや評価、感想などありがとうございます!
次回の投稿は明日の11時頃を予定しております。どうぞよろしくお願いします!




