015
「どうやら、問題があったようですね、砂霧大尉」
顔を苦悶に歪めながら、無線機を兵に返した砂霧をせせら笑うように伊関が言った。
「黙っていろ、二等兵」
それに砂霧は鋭利な瞳を向ける。
「問答は終わりだ。兎にも角にも、木花少佐。貴女には我々と共に来ていただく」
言って、彼は射撃体勢をとったままの近衛兵たちへ命じた。
「させると思いますか?」
応じるように、伊関が小銃を構えなおす。砂霧は彼を無視した。
「少佐殿には当てるな」
右手を掲げる。近衛兵たちの顔が一斉に緊張に染まった。砂霧は息を吸い込んだ。
彼が射撃号令を発するべく、口を開いたその時だった。
「連隊長殿!!」
鋭い声が通りに響き、彼を遮った。サクヤは弾かれたように、声のした先へと顔を向けた。
大通りとは反対の方向から、どうやら守備隊の兵士たちであるらしい一団が駆けてくるところだった。
「須磨軍曹……?」
その先頭を進む軍曹を見て、サクヤは放心したような声で呟いた。
どうしてここに、という疑問は、胸の中で膨らんだ安堵によって塗りつぶされてゆく。
やってきたのは、近衛によって占拠されていた相霞台練兵場からミツルが隠密裏に脱出させた第五中隊の兵たちだった。
須磨の目に、サクヤへ向かって銃を構える近衛兵たちの姿が映った。
「連隊長殿をお救いしろ!!」
突如、彼は激高したように背後の部下へ向けて怒鳴った。
須磨がミツルの命令を受けて選んだのは、587連隊でも最古参の五名だった。彼らはみな、サクヤに付き従う以前から戦場を渡り歩いてきた猛者ばかりである。
五人の兵たちは実戦経験者らしい容赦の無さで装填を終えると、躊躇うことなく銃口を近衛兵へ向けた。引き金に指を掛ける。
「撃っては駄目!!」
そこへ、悲鳴のようなサクヤの声が響いた。
須磨達の動きが一瞬、止まる。そのわずかな隙を突くように、砂霧が舌打ちとともに駆け出した。
「あ! 待て、この野郎!!」
伊関が罵るように怒鳴ったが、もう遅い。彼はさくら荘のすぐ脇にある、路地の中へと消えてしまった。
「……やれやれ。旗色が悪くなった途端に、部下を見捨てて一人で逃走か。大した指揮官っぷりだな」
置き去りにされ、困惑している近衛兵たちへ同情するような瞳を向けながら、伊関は小さく嘆息した。




