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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 夏(後) 近衛叛乱
95/205

013

明けましておめでとうございます。

今年もどうぞ、よろしくお付き合いください。

 場は膠着状態に陥った。一触即発の張り詰めた空気の中、砂霧と伊関は主導権を巡って睨み合っている。兼益軍曹と兵たちは、自我を失ったかのように立ち尽くしていた。

 そんな中、口を開いたのは伊関だった。

「連隊長、東二等兵のこと、憶えてますか?」

 彼はふいに、サクヤへ横顔だけ振り向かせると訊いた。

「……ええ」

 今朝、夢に出てきたばかりの名を耳にしたサクヤは、戸惑いつつ頷いた。伊関の横顔が、嬉しそうに笑み崩れる。

「俺、アイツと同期だったんですよ。変な奴でした。万年輜重兵で、みんなからそれを馬鹿にされてたけど、そのたびに輜重兵は戦わなくていいから楽だって、荷物運んでるだけで白飯が食えるなんて最高だ、なんて言ってて。それでみんな呆れて、何も言わなくなったんですけど……それがある日、アイツ、いきなり戦闘部隊に志願したんです」

 懐かしい思い出を語るような、楽しそうな口調だった。サクヤは何も答えず、黙って伊関の言葉を待った。

「俺、なんでだって聞いたんです。そしたらアイツ、こう答えたんですよ。国に残してきた妹がもうすぐ十五才になるから。妹が兵隊にとられちまう前に、連隊長殿と一緒に、この戦争を終わらせるんだって。女は後方勤務になることが多いけど、それもこの先どうなるか分からないからって」

 まぁ、結局は輸送任務の途中で敵の伏撃を受けておっ死んじまいましたが。馬鹿だなあ。と、そう呟いて、彼はサクヤに向けている横顔を笑みで一杯にした。

 それは本当に大切な、宝物の話をするような笑顔だった。

 何かに耐えられなくなって、サクヤは顔を俯かせた。

 伊関はそれを優しそうに一瞥した後で、さっと砂霧へ向き直った。表情が引き締まる。

 そして、彼は言った。

「でも。その後で、連隊長は約束通り戦争を終わらせた。俺たちと、東と約束したとおりに。だから、あの戦争は連隊長と、俺たちの勝ちなんだ!」


 そう怒鳴った伊関の背後で、サクヤは俯いたままだった。

 目を離す寸前、わずかに肩が揺れていたのはきっと、見間違いじゃないと伊関は思った。

 そう。そうなんだ。この人だから。この人だったから。

 この人は誰も忘れない人だから。誰も忘れられない人だから。

 きっと、今でも覚えているんだろう。

 死んでいった連中のことを。

 そう確信できて、伊関の胸の中は誇らしさでいっぱいになった。

 ああ。アイツらに教えてやりたい。

 この人は、お前らが命がけで守っただけの価値があったと。お前らが命を託しただけの意味があったと。お前らは誰一人、犬死なんかじゃなかったと。

 だから。

 彼は視線を改めて砂霧へと向けた。白刃のようなその視線を真っ向から睨み返す。

 だから、こんな奴に連隊長を否定させない。仲間たちの激闘を否定させない。死んでいったあいつらを決して、否定などさせない。


「これ以上、抵抗するのであれば、容赦はせんぞ」

 最後通牒を突きつけるように、砂霧が口を開いた。

「やれるもんなら、やってみてくださいよ」

 伊関は自信満々に応じた。

「でも、連隊長殿を拘束したところで、俺たちは誰もアンタなんかに従いませんよ」

 どこまでも確信に満ちた声で彼はそう告げた。

「これが最後だ。銃を捨てろ、二等兵。さもなくば、上官への抗命の咎で処断する」

 砂霧は抜身の軍刀を高く掲げた。

「伊関一等兵……」

 伊関の背中に、サクヤが心配するように声を掛けた。彼は振り返ることなく首を振って、その先を言わせなかった。

 伊関にとって、サクヤへ銃を向けた以上、砂霧はもはや上官でも何でもない。

「連隊長、伏せていてください」

 彼は小さな声でそう言った。

 今の伊関にとって最も重要なのは、サクヤを如何に守りきるかの一点であった。自分のことは考えない。知ったことかと思っている。

 それに勝算もあった。

 相手は形ばかりの射撃姿勢しか取れないような新兵ばかり。少しばかり体勢をぶらせば、致命傷を負う心配は少ない。まぁ、少しばかり掠るかもしれないが。

 それに兼益軍曹は近衛らしく、筋の通った人だ。つまり、指揮官さえ排除してしまえば、残った彼らは無力化できる。

 それを感覚で知っている伊関は、覚悟を決めたように小銃を構えなおした。

 何があっても投降に応じるつもりの無い様子の彼を見て、近衛兵たちの顔が緊張に染まる。砂霧が掲げた軍刀を振り下ろさんとばかりに、柄を握る手に力を込めた。

 そして、射撃号令が下されるその直前。

「砂霧大尉殿!!」

 どこかから響いてきた、その叫ぶような呼び声を聞いて、砂霧はぴたりと動きを止めた。その顔がわずかに曇る。やってきたのは近衛の無線手だった。

「真辺大尉からです」

 無線手は息を切らせながらそう言って、無線の通話機を砂霧に差し出した。


続きは月曜日!

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