012
今年はここまで。
みなさま、お付き合いいただきありがとうございました。
よいお年を!
「……貴様、何をしているか分かっているのか、二等兵」
命令を無視したばかりか、自分たちへ向けて銃を構えた伊関に、砂霧は怒りに満ちた唸り声を出した。
「ええ、もちろん。完全に理解しております、大尉殿」
それに、伊関は茶化すような口調で応じた。
「国家の英雄であり、個人的な恩義もある木花サクヤ大佐に銃を向けろ、などと言う命令に自分は従えません。なので、叛逆させていただきます。自分のことは処罰するなり、処断するなり。どうぞご自由に。――できるもんならな」
最後に付け加えられた一言は、まるで別人のような口調だった。
「……国家の英雄?」
それに負けず劣らず、砂霧もまた酷薄な声で呟く。彼はその鋭利な双眸をサクヤへ据えると静かに口を開いた。
「大戦を勝利に導いた? いったい、いつまでそのような幻想を信じているのか」
その声は怒りに満ちていた。彼は一言、一言に呪いを込めるように言葉を吐きだした。
「その女が、あの戦争を終わらせるために、何をしたのか。貴様は知らんのだ」
砂霧の鋭い視線に射止められたサクヤが、初めて動揺を露わにした。
恐ろしい確信が脳裏に閃く。
ああ。彼は知っているのだ。初めから、私を味方に引き入れるつもりなどなかったに違いない。彼はきっと、私を断罪するためにここへやってきたのだ。
そして、その確信は現実になった。
「大戦に勝った? ならば、なぜ賠償金も取れず、統治していた外地の全てを手放し、この国は貧困に喘いでいるのだ。これが戦勝国の有様か? 断じて否だ!」
叩きつけるような声。サクヤは両手を胸の前まで持ち上げて握りしめた。自らの罪状を並べ立てる死刑執行人を見るような目で、砂霧を見つめる。
「その何もかもが、そこにいる女のせいなのだ! その女こそが、御国を滅亡寸前まで追い込んだ、真の国賊なのだ!」
烈火のような彼の怒鳴り声に、サクヤは全身を震わせた。
これほど怖いと思ったのは久しぶりだった。夏だと言うのに、歯の根が合わなくなる。
「わたしは……」
何かを言おうとした口が動かなくなる。何を言えば良いのか、分からない。
「貴女は先ほど言われましたね。自分は英雄などではないと。そのとおりだ。貴女は英雄などではない。ただの人殺し、いや、御国を滅亡の道へと引きずり込んだ、史上最悪の戦争犯罪者だ!」
抜身の刀身を突きつけるように発せられたその言葉に、サクヤは何も言い返せなかった。
違う、と答えようとした口が、まるで蜜蝋にでも塗固められたように動かない。
「何も言い返せませんか」
そんな彼女を蔑むように、砂霧は頷いていた。
「そうでしょうね。まともな感情があるのであれば、それで当然です。本来ならば百万回銃殺に処されても文句は言えないほどの大罪を、貴女は犯したのですから」
吐き捨てるように言った彼の言葉に、サクヤは黙ったまま顔を俯かせた。
そこへ。
「さっきから、何をごちゃごちゃと」
伊関が剣呑な声で呟いた。
「随分、好き勝手言ってくれるじゃねぇか」
彼は全身からゆらりと怒気を立ち昇らせながら、砂霧を睨んだ。
「なるほどね。砂霧大尉。アンタはたしかに頭が良いのかもしれない。俺は馬鹿だから、連隊長があの戦争をどうやって終わらせたのかなんて分かんねえ。でもな」
そこで言葉を切った伊関は、構えていた小銃を下げると一歩、前へ踏み出した。大地を揺らすような一歩だった。新兵ばかりの近衛兵たちが、その気迫を前に思わず後ずさる。
「俺からすりゃあ、アンタはなんにも知らずに内地でぬくぬくと甘やかされてたお坊ちゃんだ。そうでなきゃ、この人に銃を向けようなんて考えつくはずがねぇからな」
彼は正面から砂霧を見据えて、そう言った。
「貴様」
砂霧の白刃のような目が、さらに鋭く細められる。
「兵卒風情が、上官に対してなんという口の利き方だ」
言って、彼は腰に吊っている軍刀の柄へ手を掛けた。脅しではないことを示すためか、それを引き抜いて伊関に突きつける。
それを伊関は鼻で笑った。すぐ脇で砲弾が炸裂する恐怖に比べれば、たかが軍刀一本。何が恐ろしいものか。
「だいたい、俺は今日の命令も気に食わなかったんだ。国民を救う? 国家を改革する? やりたきゃやってくださいよ。でも、それはアンタ一人でやってくれ。俺たち兵隊を巻き込むな。そんな下らねぇことに命を賭けるのは、アンタ一人で十分だからな」
彼は蠅を払うように手をひらひらとさせていた。
「兼益軍曹!」
砂霧が怒鳴った。
「はっ」
それまで、伊関の最も近くにいながらも、状況からは置いて行かれていた兼益が我を取り戻したように応じる。
「木花少佐の前に、まずその二等兵を拘束しろ!」
「おっと。動かないでくださいよ、軍曹」
命じられ、手にしていた捕縄を握りなおした兼益へ、伊関がゆっくりと銃口を向けた。
「アンタも内地組だろ? 営庭で俺を怒鳴り散らせても、戦場じゃあどうかな?」
試してみるかいと、薄く微笑む。すでに、その指は引き金に掛かっていた。
兼益は伊関が新兵などではないと知っている。彼はぐうと唸ったきり、身動きが取れなくなってしまった。




