011
「うわぁ! 遅れてすみません! 伊関スミヤ二等兵、ただいま到着致しました! 便所が中々見つからなくって……って、木花連隊長殿!?」
後からやってきた騒々しい近衛兵が、サクヤを見るなり大声を出した。
「伊関一等兵?」
サクヤもまたその顔には見覚えがあった。呼びかけると、彼は照れくさそうに後頭部を掻きむしりながら笑った。
「今はまた、二等兵をやってます。ほら、復員してきた時、俺まだ十七だったでしょ? それで一度、軍役を解かれちゃって。ようやく入営できる歳になったと思ったら、なんと近衛に配属されちゃいまして……」
「騒がしいぞ、二等兵」
サクヤが自分の名を憶えていたことがよほど嬉しかったのか。忙しなく口を動かす伊関を砂霧の鋼鉄のような声が遮った。
「あ。これは砂霧大尉殿。申し訳ありません、伊関二等兵、便所に寄っていて遅れました」
砂霧の存在を思い出したらしい彼は背筋を正して詫びると、他の兵たちにも目を向ける。ようやく、自分以外の兵がサクヤに銃を向けていることに気付いた。
「えっと……」
状況が飲み込めないのか。彼は茫然とした顔で砂霧を見た。
「何を、してるんです? なんで、あの人に銃を? あの人を知らないわけじゃないでしょう、砂霧大尉? 木花大佐ですよ?」
「無論、承知しておる」
砂霧は突き放すように答えた。
「我々の目的が達するまでの間、木花少佐殿を拘束する」
「拘束って、なんでですか?」
伊関は子供のように問い返した。
「命令だ、二等兵」
彼の質問には答えず、砂霧は苛ついた声で命じた。
伊関は取り付く島もない様子の上官から目を離すと、同僚の兵たちへ顔を向けた。一番近くにいる近衛兵に声を掛ける。
「おい、相模。お前、なにをやってるか分かってんのか?」
その兵はびくりとして伊関を見てから、誤魔化すように顔を背けた。彼の反応に、伊関はますます眉間の皺を深める。
「大佐さんを知らねえわけじゃないだろ、おい、他のみんなも……」
「二等兵!!」
そこへ、砂霧の一喝が飛んだ。
「勝手な口を叩くな! 貴様は黙って、上官の命令に従えば良いのだ!」
それが決定打であった。
伊関はサクヤへ顔を向けると、ゆっくりと彼女へ近づいた。途中、間を塞いでいた兼益を押し退けるようにして、サクヤの前に立つ。
「よく分かんねぇけど……命令の内容は理解しました」
後頭部をぼりぼりと掻きながら低く呟いて、彼は唐突に肩に吊っていた小銃を手に掴んだ。
槓桿が引かれ、遊底が後退し、薬室に銃弾が滑り込む、かちゃりという背筋を冷やすような不吉な音。新兵とは思えない、流れるような動作で装填を終えた彼はそこでサクヤを見た。
サクヤもまた、全てを受け入れるように彼を見つめ返す。
伊関はゆっくりと小銃を持ち上げた。すでに身体は射撃体勢をとりつつある。あとは、照準を目標へ据えるだけ。
その銃口がサクヤを捉える寸前。伊関は素早く身体を半回転させた。
「そんな命令には従えねぇな」
彼はサクヤを庇うように立つと、小銃を近衛兵たちへ向けて構えた。そして、大声で告げる。
「たとえどんな理由があったとしても。連隊長に銃を向けるってんなら、お前らは俺の敵だ!」




