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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 夏(後) 近衛叛乱
88/205

007

蹶起した近衛部隊の行動は迅速だった。

砂霧が事前に計画した作戦要領に則り、まず帝宮を取り囲んだ彼らは、同敷地内に置かれている近衛総監部を制圧。続いて、議会議事堂、首相官邸にも続々と近衛兵たちが雪崩れ込む。

今だ、多くの者が微睡の中にある時間帯であっただけに、抵抗と呼べるものはほとんどなかった。


サクヤが近衛兵から銃口を突きつけられたのとほぼ同時刻。

御代ソウジの詰めている帝国陸軍参謀本部の建物にも、近衛部隊が押し寄せていた。

硬い軍靴が練石の床を蹴りつける音が反響し、完全に虚を突かれる形となった参謀本部の課員たちは武装した近衛兵を前に、大した抵抗もできぬままに制圧されてしまう。

 そして、参謀総長執務室から一つ手前にある次長執務室にも、扉を蹴破るように近衛兵たちが突入した。


 どたどたと騒がしい足音を立てながら室内に乱入してきた近衛兵たちを、鉄筆を片手に執務机についていたソウジは黙って眺めていた。昨晩から一睡もしていないため、その瞳は何処か虚ろだった。

「陸軍参謀本部次長、御代ソウジ中将閣下でありますね?」

 やがて、兵の後ろから指揮官らしき少尉が進み出ると訊いた。

「如何にも」

 それにどうでも良さそうな声で答えてから、ソウジは手元の書類に目を戻した。紙面に素早く鉄筆を走らせると、それを机の脇に寄せて次の書類へ手を伸ばす。

 乱入してきた自分たちを差し置いて仕事を続ける彼に、近衛少尉は顔を顰めていた。

「荒笠大将は何処に居られますか? 部屋を捜索したのですが、姿が見当たらないのです」

 咳払いをしてそう尋ねた彼に、ソウジは内心で舌打ちをしていた。

 逃げたな、あの狸ジジイ。

 そうは思っても、表には決して出さない。ソウジはその少尉へ、仏像に語り掛けるような声で応じた。

「残念だが、知らないな。それで? 君たちはいったい、何をしに来たのだ。見ての通り、俺は忙しいのだが」

「非礼については重々、承知の上です」

 少尉はさっと腰を折ると言った。

「ですが、これも御国再生のため。閣下の身柄を拘束させていただきます」

「そうか。好きにしたまえ」

 ソウジは特に反論することなく、あっさりと頷いた。

 武装した兵士に囲まれているとは思えない落ち着きぶりに、近衛兵たちが困惑したように顔を見合わせる。

 それに気づいた少尉が、場の空気を変えようと咳払いをした。

「では、閣下――」

 そう口を開きかけたところで。

「ところで、仕事はしていても良いのかな?」

「――は?」

 唐突に発せられたソウジの言葉に、彼の喉から気の抜けたような声が漏れた。

 唖然とした顔で自分を見つめている少尉を無視して、ソウジは続けた。

「俺を拘束すると言っていたが、拘束できていれば、それは何処でも構わんのだろう? それとも。どこそこに俺を閉じ込めておけとでも命じられているのか?」

「あ、いえ、それは……」

 矢継ぎ早に質問を投げかける彼に、少尉がしどろもどろに答える。

「では、俺はここで仕事をしていても良いわけだ」

 その態度に、ソウジが決めつけるような声を出した。

「安心したまえ。ここから出ようとはしないから。そもそも、出ている暇がないのだ。あれこれと決済せねばならん書類がこのとおり、山積みでね」

 そう言って、自宅にいるような気楽さで仕事を再開させる。

 近衛兵たちはどうした良いものかと上官を見つめていた。

「ま、まぁ、構わないでしょう。閣下が大人しくしておられるならば、抵抗されない限り、手を出すなと命じられておりますし」

 部下たちの視線を浴びて、少尉は威厳を取り戻すように口を開いた。

「ん。そうか。ありがとう」

 ソウジは書類に鉄筆を走らせながら答えると、机の上に置いた湯呑へと手を伸ばした。そこで、思い出したように眉を寄せる。

「ああ、そうだ。ちょうど茶を飲み切ってしまったところだったのだ……しまったな。普段ならば、自分で淹れに行くのだが、この状況ではそういうわけにもいかんのだろう? まぁ、仕方がないか。我慢するとしよう」

 白々しく言った彼の言葉を聞いて、近衛兵の一人が窺うような目を少尉に向けた。少年のような兵だった。彼の視線に気づいた少尉は迷うような表情になったあとで、やがて渋々と頷いた。

「閣下、自分がお持ちします」

 上官からの許可をもらった少年兵が申し出た。

「おや、そうか。悪いな」

 ことさら驚いたように言って、ソウジは彼に湯呑を差し出した。兵は恭しくそれを受けとると、部屋の外へ向かう。その背中に、ああ、そうだとソウジが声を掛けた。

「給湯室の場所は分かるかな? 部屋を出て、右に進んだ先の突き当りだ。それから、棚に幾つか茶葉の缶が置いてあるが、紅白の包装紙が巻かれているものを使ってくれ。古府から取り寄せた、最上級の深煎り葉でね。あの香ばしさが好きなんだ」

 まぁ、最も俺の物ではないが。

 一番に逃げだしたのだから、少しばかり茶葉を失敬されても仕方があるまい。

 そう内心でほくそ笑んでいるソウジに、少年兵はこくこくと頷いて給湯室へ向かった。

 それを見送ったあとで、彼は部屋に残っている近衛兵たちにも目を向ける。

「おや、なんだ、君たち。もしかして、ずっとそうして立ち尽くしているつもりか?」

「……貴方を拘束していなければならないので」

 それに少尉がむっつりとした声で応じた。

 それはまぁ、そうだろう。自分の部下を当たり前のように使われて、いい気になるわけが無い。

 しかし、帝国陸軍最年少の中将は残念ながら、そんなことを気にするような繊細さは持ち合わせていなかった。

「では、手が空いているのだな? ちょうどいい。その辺の床に散らばっている書類を、日付ごとに揃えてそこの棚にしまってくれないか。ああ、もちろん、一人は銃を持ったまま俺を見張っていてよろしい。ん? 二人の方が良いか、少尉? ならば、そうしたまえ」

 もはや傲岸不遜すら飛び越えて、己こそが天主であるとばかりの彼の振舞いを前に、哀れな近衛兵たちには逆らう気力すら残っていなかった。

「いやぁ、すまんな、諸君。手伝いに来てくれて本当に助かった」



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