006
「近衛大尉、砂霧と申します」
サクヤの前に立った砂霧は、短く名乗ると丁寧に腰を折った。
「よろしく、砂霧大尉」
応じたサクヤの声は硬かった。
「それで、これはいったいどういう事態なのかしら?」
「お騒がせして申し訳ありません、少佐殿」
なおも丁寧な態度で彼は詫びた。
「これは御国を滅亡から救うための、義挙なのです」
彼は言った。サクヤは頷かなかった。
「御国を救う、ね。では、私の下に兵を引き連れてやってきた理由は? それと私に、いったい何の関係があるのかしら?」
尋ねた彼女に、砂霧は何処までも冷徹な瞳を向けて答えた。
「大戦の英雄と謳われる木花少佐に、国家再建を目指す自分たちへどうか、ご協力願えないかと参上した次第であります」
「私は英雄なんかじゃないわ」
放り捨てるように言ってから、サクヤは改めて砂霧へ顔を向ける。
「さっきから、御国を救うだとか、国家再建だとか言っているけれど、具体的に何をしようと言うのかしら」
あくまでも上官に対する姿勢を崩さない彼へ、サクヤはその背後に控えている近衛兵たちに目をやりながら聞き返した。
「まず、帝主陛下のお傍に蔓延る悪臣、奸臣どもを一掃します」
砂霧は淀みの無い口調で答えた。
「そして、帝主陛下御統帥の下、挙国一致となって国家を再建し、失われた領土を奪還し、全世界を遍く陛下へと恭順させる。我が国の国体たる八紘一宇の完遂。それこそが我々が最終的に目指す地点であります」
「つまり……」
彼の口にした内容を聞いて、サクヤは眩暈に襲われたように片手を額に伸ばした。
「あの大戦を、もう一度やろうと言うの?」
「陛下を奉じぬのであれば、今一度、刃を交えることになったとしても仕方のないことでしょう」
砂霧はあっさりと彼女の質問に首肯した。
「自分が何を言っているのか、分かっているの……?」
サクヤは正気を疑うような目で、砂霧を見つめた。
サクヤは少しばかり、世界を見てきた。
戦場ばかりではあったけれど、そこで一つだけ分かったことがある。
世界は決して、一つになどなれない。
悲観ではない。諦観でも決してない。
ただの純然たる事実だった。
そして、それで良いとも思った。
確かに誰もが手を取り、助け合うことのできる世界は素晴らしいかもしれない。けれど、だからと言って相互不可侵という平和を否定する必要はないのだ。
世界は無理に一つにならなくてもいい。無理をすれば、争いは避けられないから。
それは歴史が証明している。
歴史に残る多くの血塗られた殺戮は、世界平和や人類統一を謳う人間によって引き起こされてきたのだ。
そして今、目の前の彼はその歴史を繰り返そうとしている。
「そういうことであれば、私は協力するわけにはいきません」
サクヤは再び背中に回した両手をきつく握りしめながら答えた。
心は未だに怯えているが。砂霧を見つめる瞳は鋭い。
「……そうですか」
砂霧は嘆息するように言葉を吐きだした。
白刃を思わせる双眸が、サクヤを捉える。そこには自分への敬意など欠片も含まれていないと、彼女は気が付いた。
「それでは、仕方ありませんね」
砂霧が静かに言った。口調がガラリと変わっている。それまでの丁寧さが消え失せた、酷く冷たいものだった。
「残念ですが、我々が目的を達成するまで、貴女を拘束させていただきます」
言って、彼は背後に控えている兵へ向けて右手を掲げた。
それを合図に近衛兵たちが一斉に小銃を構える。
十二の、底知れぬ暗さの銃口がサクヤを睨みつけた。
彼女はそれに応じるように、背筋を伸ばしてみせた。




