003
帝宮の北側。堀を挟んで併設された近衛兵の駐屯する営庭で、真辺、砂霧、泰原の三人は
朝日を拝んでいた。
胸を張り、晴れやかな笑みを浮かべている真辺を中心に、じりじりと天頂へ昇りつめてゆく太陽をまるで親の仇のように睨んでいる砂霧と、地獄の法廷で審判を待つ大罪人のように瞑目している泰原が左右を囲んでいる。
彼らの眼前には、漆黒の陸軍正装に身を包んだ近衛兵たちが整列していた。
「大林隊、笹折隊それぞれ、東宮通り、西宮通りの封鎖を完了しました。浅川隊もすでに、相霞台練兵場へ向けて行動中です」
駆けてきた伝令が、三人に告げた。それに、砂霧がさっと頷く。
「今の銃声は?」
銃弾よりもよほど鋭い彼の声に、伝令の兵は一瞬、気圧されたように身を竦ませてから口を開いた。
「それが、出歩いていた住民へ家に帰るよう言ったところ、従わなかったので、警告のために発砲したとのことです」
「その者に怪我をさせてはおらんだろうな?」
詰問するように尋ねた砂霧へ、伝令は何度も首を縦に振った。
「くれぐれも、一般臣民に危害を加えるなと徹底しておけ。いつかの海軍将校の二の舞だけは避けねばならない」
厳しい口調で言った彼の言葉を受けて、伝令は再び営庭の外へ駆けていった。
「では、我々も行動開始と行くか」
伝令兵の背中を見送りながら、真辺が口を開いた。
「事前の取り決め通り、君の第一中隊は帝宮を包囲し、まず近衛総監部を制圧しろ。ただし、宮内へ兵は入れない。総監部の制圧は将校のみで行う。これを徹底してくれ」
確認するように言った砂霧へ、真辺は何処までも飄々とした面持ちで頷く。
「分かってるさ。ま、この時間の総監部には誰もいやしないがな」
「その後は、玉体の保護を最優先にしろ。いいか、陛下の御身を確保するまでは、誰も入れず、誰も出すなよ」
さらに続けた砂霧へ、真辺は「はいはい」と手を振って答える。
「だが、無論、我々が帝主陛下の御前へ参るのを邪魔する輩は」
「逆賊と見做し、誅殺する」
真辺の軽薄な声を、砂霧の重苦しい声が引き継いだ。
「ただし、帝宮使用人の多くは罪なき一般臣民だ。彼らがよほど強硬な手段に訴えない限り、こちらからは決して手出しをするなよ」
「分かった、分かったって」
なおも戒めるように言う砂霧へ、真辺は面倒そうな顔をすると気楽に言い返す。
「そんなに心配するなよ。大丈夫だって」
それから、彼はふと思い出したように懐から一通の封書を取り出すと茶化すような声を出した。
「それにしても、砂霧。お前の書いた蹶起趣意書は中々の出来だぞ。お前、軍を辞めても文筆家として食っていけるんじゃないか?」
「そんな予定はないな」
取り付く島もない砂霧の態度に、真辺は肩を竦めると自分の命令を待っている兵たちを見回した。その列が一部乱れているのを見つけて、顔を顰める。
「なぁ、砂霧。本当に陸軍からの引き抜き組を使わないのか? あいつらを見ただろ? 並大抵の練度じゃない」
彼は不満そうにそう言った。
「駄目だ。危険が大きすぎる」
砂霧はそれに、首を振って応じた。
「しっかしなぁ……ああも新兵ばかりじゃあ」
「仕方がない。お前も納得しただろう」
会話を切り上げるように、砂霧は冷たく言った。
真辺の言いたいことは彼も分かっている。昨日今日、ようやく銃の扱い方を覚えたような新兵たち。近衛とは名ばかりの彼らを率いて、一国に挑もうと言うのだから。
不満があるのは分かるし、不安を抱くのも理解はできる。
だが、これが彼らに与えられた全てなのだ。
「……まぁ、良いか」
しばらく、砂霧の白刃のような目を見つめていた真辺はやがて、無理やり納得した声を出すと言った。
「肝心なのは、玉体だ。他のことは後でどうとでもなるだろう」
そう呟いて、彼は兵の下へ歩いて行った。その足取りはまるで、色町にでも繰り出すかのようだった。
「羨ましいな……あそこまで楽観的であれたのなら、どんなに良かっただろうか」
真辺の後姿を見つめていた泰原が、羨望するような声を漏らした。
「君までああなってしまったら、俺は誰を頼ればいい」
それに、砂霧がため息交じりに答える。
兵に指示を出している真辺の顔に、悪戯を企んでいるガキ大将のような笑みが浮かんでいるのが見えた。
それをしばらく、憐れむような目つきで眺めてから、やがて砂霧は背筋を伸ばし泰原へ向き直った。
「では」
彼の決断するような短い声に、泰原も姿勢を正して応じた。
事はすでに動き出している。始まってしまった以上、彼らにはもはや退くべき道も戻るべき場所もない。
たとえ、率いているのが新兵ばかりだとしても。それを理由に立ち止まることなどできなかった。それに無論、彼らにも希望はある。
「頼んだぞ、泰原」
真辺の時とは違い、砂霧はただそう言っただけだった。
「ああ」
泰原はそれに小さく頷くと、整列している近衛兵たちの一画へ目を向けた。
気を付けの姿勢を取るだけでどうにか、という新兵ばかりの中で、そこだけが整然と整列している。小銃の先に取り付けた銃剣を朝日に煌かせ、微動もせずに立ち並んでいる彼らこそ、近衛きっての精兵揃いとして名高い、近衛第三中隊だった。
その指揮官である泰原は口元に、わずかな後悔を滲ませてから砂霧へ敬礼を送った。
「それでは」
「ああ。お別れだな」
彼に答礼を返しつつ、砂霧が言った。
どこまでも静かに、泰原は頷いた。
事が終われば、その成否に限らず、彼らは死ぬつもりだった。
本当に、付き合わされる兵たちにはいい迷惑だなと、泰原は申し訳なく思った。
今年も終わりなので、書き溜め分を一気に吐き出しておこうと思います。取り急いでまとめたため、誤字脱字が多いかも知れません。
新機能の誤字脱字報告をオンにしてみたので、発見したさいは鬼の首を取ったようにご報告ください、読者のみなさま。
年明けに悶絶します。
本日は、3話更新!




