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その声が聞こえたのは、生垣に囲まれたさくら荘の小さな庭を横切って、道路へ踏み出した時だった。
「――木花少佐」
押し殺したような、小さな声に呼ばれて、サクヤははっと振り返った。背後には、今出てきたばかりのさくら荘の庭以外、何もない。
「……誰?」
サクヤは警戒した声で呼びかけた。
「ここです、ここ」
やはり小さな声で返答があった。どうやら、自分の幻聴ではなかったことにほっとしつつ、サクヤは声の方へ顔を向けた。声は生垣の向こうから聞こえているようだった。どうやら、気付かずに通り過ぎてしまったらしい。
恐る恐る、庭の中を覗き込んだサクヤは驚きの声を出した。
「七倉大尉?」
さくら荘の庭の隅、生垣の影に溶けこむようにして、七倉ヤト大尉がそこにいた。
「どうしたの、いったい? こんなところで?」
突然の来訪者に、嫌な予感を覚えながらサクヤは訊いた。
「いえ、大したことではないのですが」
彼女の質問に、ヤトは辺りを気にする素振りを見せながら応じた。
「少し、不穏な噂を耳にしまして。出来るならば、木花少佐にもお知らせしようと思いまして」
「不穏な噂?」
不審そうに眉を顰めた彼女に、ヤトは薄ら笑いを浮かべながら頷いた。
「ええ。本日、帝都では祝賀式典の予行演習が行われるそうですね」
彼の言葉を、サクヤは無言で首肯した。
「それを狙って、近衛が叛乱を起こそうとしていると」
「それは……どういうことかしら」
ヤトの発した、あまりにも突飛過ぎる一言に、サクヤの理解が追いつくよりも早く。
帝都の中心、帝宮のある方向から甲高い破裂音が響いた。
聞き間違えるはずの無いその音に、サクヤは弾かれたように顔を上げた。
「どうやら、始まったようですね」
いつの間にか隣に立っていたヤトが、同じ方向へ顔を向けながら呟く。
その横顔に、傍目から見ても楽しそうな笑みを張り付けて。




