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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
幕間 ~戦火の思い出、東二等兵~
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002

「軍曹、いったい何の騒ぎなのかしら?」

「何って……」

 背後から声を掛けた私に、軍曹が唸りながら振り向いた。そして、私を見るなり、唖然とした顔になる。

「こ、木花連隊長殿!? し、失礼致しました! これは、大変お見苦しいところを」

 弾かれるように背筋を伸ばした彼は、慌てたように私へ敬礼をした。連隊長、という言葉に反応したのか、辺りにいる兵たちも一斉に直立不動の姿勢を取っている。

 地面に転がっていた兵も素早く起き上がった。しかし、敬礼のために折れた右腕を持ち上げようとしたせいで、その顔を痛そうに顰めている。

 軍曹に答礼した私は、貴方はいいわと彼を制した。

 彼は「ありがとうございます」ともごもご口を動かしながら、なぜか顔中を真っ赤に染めていた。

 このところ、兵たちからそういった反応をされることが多いのは何故だろうか。

 まさか、怖がられているのではと、副官に相談してみたところ、酷く呆れた顔でため息を吐かれた。なんなのだろう。


「それで、いったいこの騒ぎはなんだったの?」

 考えてみても、そうした反応の答えは分からないので、私は彼から軍曹へ目を移して尋ねた。軍曹はそれに、踵を打ち鳴らすと張り切った声で答えた。

「は! この者が負傷中にも関わらず、輜重段列に加わりたいと申すもので、身の程を叩きこんでいたところであります!」

「そう……二等兵?」

 私は彼に頷いてから、もう一度兵に顔を向けた。

「は、はい!」

 裏返った返事が返ってきた。どうも、よっぽど緊張しているようだ。

 そういえば、前線部隊との交流は頻繁に行っていたけれど、後方部隊に顔を出すことはあんまりなかったなと思い出す。

「貴方、お名前は?」

 私がそう訊くと、彼は見ているこっちがびっくりするぐらいの勢いで背筋を伸ばした。

「は! 東ケイト二等兵であります!」

「そう。東二等兵。木花サクヤです。よろしくね」

 多分、彼の方は私の名前くらい知っているだろうけど、初対面で名乗らないというのも失礼なので、私は小さく頭を下げて言った。

 ついでに彼の緊張を少しでも解そうと思って、努めて親しげな笑みを浮かべてみたのだけれど、何故か逆効果だった。東二等兵は首まで真っ赤に染めて、「ああ、いや、よろしくお願いします」と喘ぐように言っていた。


「それで、二等兵」

 私は小さく咳払いをすると、彼の吊っている右腕を示して言った。

「見たところ、右腕は使えないようね?」

「は、はい……」

 その一言で、目に見えて彼は落ち込んでしまった。それも一瞬で、すぐに顔を上げると泣きつくような声を出す。

「ですが、左腕だけでも……!」

「軍曹の意見は違うようだけど」

 少し意地悪かなと思いながら、私は彼を遮って隣にいる軍曹へ視線を向けながら聞き返した。

「でも、なにかのお役には」

 どうにも引き下がってくれない。なるほど。軍曹が手を焼いているわけだ。

「軍曹?」

 私はそんな彼を労うように訊いた。優秀な彼は、それだけで私の聞きたいことを察してくれたようだった。

「……確かに人手は足りていません。ですが、今さら腕が一本増えたところで、焼け石に水です。むしろ、片腕が使えないせいで周りが無駄に気を遣ってしまいます。正直に言って、邪魔以外の何物でもありません」

 そう答えた軍曹が、わざと強い言葉を使っているのだと私は分かった。

 兵想いの、良い下士官だ。

 そう思った私は彼に同意するように頷いてみせた。

「なるほど。確かに、軍曹の意見に理があるようね」

「そんな……」

 私の言葉が追い打ちとなって、東二等兵はさらに項垂れた。

 それでも、仕方がない。輸送任務とはいっても、安全が確実に保証されている場所など、今の大陸には存在しない。特に輜重兵は、輸送物資を狙った敵の伏撃を受ける危険性が高いのだから、片腕が使えずに自衛も満足にできない彼を連れて行くわけにはいかない。


 だから、私は肩を落としている東二等兵に少し強い口調で言った。

「東二等兵、貴方の任務はまずもって、その腕を完治させることにあります。これは連隊長命令です。了解しなさい」

「……はい、連隊長殿」

 悲しそうに俯きながら、彼は私の命令を受け入れた。けれど、またすぐに顔を上げると、彼は私を一心に見つめながら懇願するように口を開いた。

「でも、連隊長。俺をクビにしないでくださいね? 俺、輜重兵ですけど、戦えます。今、戦闘部隊への異動願を出しているんです。だから、俺を置いて戦いに行っちまわないでください。俺も一緒に、戦わせてください」

「どうして、そこまで」

 そのあまりの必死さに、私は思わず聞き返していた。何故、彼がそこまでして戦いたがるのか。その理由がどうしても気になったから。

 東二等兵は少し困ったように眉を寄せてから、私の質問に答えた。

「……俺は、連隊長を信じてます。連隊長なら、この戦争を終わらせてくれるって。だから、その為に俺も戦いたいんです。この戦争が終わるっていうんなら、俺はそのために死んだってかまいません」

 やめてほしかった。

 そんな簡単に、死んでもいいなんて言って欲しくなかった。

 私たちは戦場における死とはなんであるのかを傲慢なほどに理解しているはずだから。

 惨めで、無残で、残酷で。どこまでも救いがない。

 誰にも認められず、誰にも看取られない。

 ある日突然やって来て、なにもかもを奪ってしまう究極の理不尽。

 それが戦場での死だ。

 きっと、彼も私と同じものを見てきたはずなのに。

 そんな信頼に満ちた目で、信頼に満ちた声で、そんなことを言って欲しくなかった。



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