第七話
「ま。とりあえず入ってみましょ」
手紙をしまい込んでそう言ったコトネに、サクヤは頷いた。一人ではなくなった心強さからか、間違っていたのなら謝って出てくれば良いのだと思えるようになっている。
門をくぐり、その先にあった引き戸を開けて二人が中へ入ると、すぐに女中たちが出迎えた。
「いらっしゃいませ」
やってきたのは四人の女中だった。その中でも一番年配の女中が、丁寧に結い上げた白髪頭を深々と下げると、残りの娘たちがそれに倣う。この三人はいずれも、未だ少女といった年頃の娘ばかりだった。
「……ええと、御代って名前で予約が入っていると思うのだけど……」
頭を下げたままの彼女たちに、コトネがやや気後れのした声で尋ねる。すると、年配の女中が笑顔を上げて頷いた。
「はい。御代様ですね。お待ちしておりました。お先に、三名様がお着きでございます」
どうやら、本当にここで良いらしい。
サクヤとコトネは彼女の言葉に、ほっと胸を撫でおろすのだった。
「どうぞ、こちらのお座敷です」
サクヤたちが案内されたのは、店の中でも最奥にあたる一室だった。閉じられた襖の向こうからは、先に着いているという者たちの話し声が漏れ聞こえてくる。
「ありがとう」
案内してくれた女中に、サクヤはお礼を言った。
その女中はサクヤよりもさらに年下の、12、3才ほどの少女だった。お礼を口にしたサクヤへ、彼女はしげしげとした目を向けてくる。そうした視線に晒されることにはもう慣れているサクヤは、特に気にもせずに襖へ手を掛けた。
十畳ほどの、それほど広くはない座敷の中では、三人の男たちが座卓を囲んでいた。襖が開けられた途端、彼らはそれまでの会話を打ち切って、そこに立つサクヤへと視線を集中させる。
「おや、我らが英雄、木花サクヤ大佐がようやくお着きか」
まず初めに口を開いたのは、座卓の上座に座っている中性的な面立ちの美男子だった。切れ長の流し目とともにサクヤへ向けられたその声にはからかうような響きがある。彼は、この部屋の中で唯一、軍服ではなく書生風の着流しに身を包んでいた。
「……御代君、そういう呼び方はやめてよね」
それに憮然とした顔で応じたサクヤへ、御代ソウジは肩を竦めながらくっくっと笑った。
「ソウジ……仮にも最年長の君がそっちに回ってどうする」
そんな彼へ咎めるような声を出したのは、サクヤが抱えている大外套を同じ国防色の野戦略装をかっちりと着込んだ人物だった。
すっと伸ばされた背筋に短く刈りこまれた髪と、この場の誰よりも軍人然としていながら、父性すら感じさせる穏やかな面立ちの、落ち着いた雰囲気の青年だ。その胸元には、大尉の階級章が縫い付けられていた。
「ミツル君! 久しぶり!」
サクヤが嬉しそうに呼びかけると、邑楽ミツルは穏やかな微笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、久しぶり、サクヤ。あの凱旋式以来だから、一年ぶりになるのかな。元気そうで何よりだ」
「うん、ミツル君も――」
一年ぶりの再会を喜ぶ二人のやり取りを遮るように、それまでミツルの左隣に置かれた二つの座椅子を占領して寝そべっていた男が大声を上げながら立ち上がった。
「木花連隊長殿にぃっ、敬礼!!」
彼は営庭の端から端まで響き渡るような大喝で号令を叫びつつ、サクヤへと直立不動の体勢で敬礼を捧げた。
「……ねぇ、コウ君。私、さっき御代君にそういうの辞めてって言ったばかりなんだけど」
敬礼の姿勢からピクリとも動こうとしない彼へ、サクヤは半眼を向けた。
ミツルと同じく野戦略装を着てはいるが、上衣の留め具を全て外している上に、襦袢の裾は軍袴からはみ出しているだらしのない恰好をした彼の名は榛名コウ。
日焼けした精悍な面立ちは決して悪くないのだが、そこに浮かぶ表情は何処か少年っぽさが抜けきっていない。刈り込まれた髪の毛もなにやら、ところどころ長さが不揃いだった。「コウ君」
そんな彼へ、サクヤはさらに目を細めると低い声を出した。
決して榛名大尉などとは呼ばない。コトネとの二の舞にだけは絶対にしないと、座敷に通されるまでの間、心に誓っているから。
しかし、コウもまた彫像のように固まったままだ。
恐らく、というかほぼ確実に、サクヤが答礼するのを待っているのだろう。軍隊では上官が礼を返し、手を下げるまでは下の者は敬礼を続けなければならないから。
「いい加減にしろ、馬鹿野郎」
半ば意地の張り合いに発展しかけていたサクヤとコウの睨み合いに決着をつけたのはミツルだった。
「なんだよ、つれねぇなぁ」
叱るようなミツルの声と、どうにも答礼を返してくれる気配のないサクヤに、ようやくコウは笑いながら姿勢を崩す。
「やれやれ……再会一発目の挨拶をあれこれ悩んで考えておいたんだが」
「今回は友人……いや、昔からの知人の集まりだろうが。サクヤが正しい」
つまらなそうにぼやくコウへ、横に座るミツルが釘を刺す。わざわざ知人と言い直したのは、この男を友人として認めたくないからだった。
「まぁ、とりあえず座ったらどうだ、木花」
茶番も終わったことだしとソウジが促して、サクヤはようやく座敷の中へ踏み込むことができた。
「……ちょっと? 私もいるのだけど?」
その後ろから、やり取りの最中ずっと放っておかれたコトネが不機嫌そうに続く。
「ああ、うん。延槻も久しぶりだな」
ソウジが一応とばかりに挨拶を返すと、他の二人も似たようなことを口にした。サクヤと比べてあんまりなその扱いに抗議の声をあげようとしたコトネだったが、すぐに諦める。
最重要攻略目標を目の前にした男たちが、その他のことに関心を払わないことなど嫌というほど知っているからだった。




