001
唐突に、東二等兵の夢を見た。
彼に出会ったのは確か、欧州戦域での作戦中。後方支援部隊の宿営地を視察に訪れた時だったと思う。
私は、先の戦闘で負傷した兵たちを見舞っていた。
戦時中、前線では傷ついた兵を手当てもせずに放置しておく部隊が多く、問題になっていた。もちろん、物資の不足は戦場の常であるから、満足のゆく治療を施せないことは理解できる。
しかし、それでも。ただ包帯を巻くだけでも。そこにほんの少しでも思いやりがあれば、どれほどその兵は救われるだろうか。
そう思った。
だから、私は負傷者への手当ては誠心誠意行うことと、隷下の全部隊へ厳命していた。
自己満足に過ぎないと分かってはいても、命じた以上はそれが確実に実行されているのかを確かめねばならない。
そのために、私はその日、そこを訪れていた。
負傷者が押し込まれている天幕に入ると、嗅ぎなれた血の臭いが鼻についた。
粗末な寝台の上に寝かされている兵の中に軽傷者はいない。腕や足を失った者。目や鼻を失くした者。全身、至る所に血を滲ませている者たちばかり。
濃厚な鉄錆の臭いに、けれど私は顔を顰めることなく天幕内を見て回った。
お腹に大きな穴の空いた兵がいた。軍医に話を聞くと、前日の戦闘で砲弾が直撃したとのことだった。もはや息絶えるのを待つしかない彼にも、清潔な包帯が丁寧に巻かれているのをみて、私は少し満足した。
同時に、どうしようもない自己嫌悪に陥る。
彼に戦闘を命じ、こんな姿にしてしまったのは、自分に他ならないから。
そんな私を、彼は恨んでいるのだろうか。憎んでいるのだろうか。
恥と後悔。そして怯えを飲み込んで、私は彼の横たわる寝台の脇に膝をついた。その手をとって、声を掛ける。
ごめんなさいとは言わなかった。
そんな言葉を口にする権利が、私にはないから。
私は勝つために、砲火飛び交う地獄へと彼らを突撃させた。そのことを忘れてなどいない。
だから、謝らない。
代わりに、お礼を言った。
あなたの勇気のおかげで、私は勝つことができた。
あなたの犠牲のおかげで、私は生き延びることができた。
だから、ありがとう。あなたの命を無駄にはしない。必ず、この戦争を終わらせてみせる。
約束します。何が何でも。私は絶対に、この戦争を終わらせてみせます。
そんな私の声が聞こえたのだろうか。わずかに意識が残っていたらしいその兵は、もう身体を動かす力も残っていないはずなのに、微笑んでくれたような気がした。
私自身も確信が持てないような、そんな空約束を聞いて、彼は微笑んで逝った。
泣きそうになるのを必死に堪えながら、私は心の中で自分を罵った。
最低だ。私は。最悪の卑怯者だ。
本当に、そんなことができると思っているの?
心の中にいる誰かが、私をそう嘲笑う声が聞こえた。
戦争を終わらせる? 本当に? そんなことができると思っているの?
私はその声に、できると答えた。
自信などなかった。けれど、今さら引き返すこともできなかった。
涙を抑えながら、私は天幕から出た。
指揮官は感情的に振舞ってはならない。
士官学校で叩きこまれた、そんな意地だけで、私は泣きだすことを必死に堪えていた。
外で待っていた副官はそんなことお見通しのようだったけれど、何も言わないでくれた。彼女の心配そうな顔に、なんでもないよと笑いかける。
この頃は、そんな演技ばかりが巧くなっていた。
野戦病院の視察を終え、宿営地を後にしようと歩き出した時だった。
「連れてってくださいよ! 俺だって、弾薬くらい運べます!」
懸命に頼み込むような大声が聞こえてきて、私は思わず声の方向へ振り返っていた。
そこでは、一人の兵が軍曹に取り押さえられていた。
大きな身体の軍曹に羽交い絞めにされているその兵は、首から掛けた布で右腕を吊っていて、どうやら骨折しているらしかった。
「ど阿呆! そんな腕でくっついてきたところで、足手まといになるに決まっとるだろうが!!」
あんまりにも抵抗する兵を、遂に地面に引き倒した軍曹が両手を腰に当てて怒鳴りつけた。それでも、地面に叩きつけられた彼は動くほうの左手で軍曹の足に縋りつく。
「し、しかしですね……人手が足りないんですよね? だったら、俺の左腕一本でも少しは役に立つんじゃ……」
「お前の細腕一つなんぞ、猫の手よりも役に立たんわ! 両腕揃ってようやく箸が持てるような軟弱モンが、偉そうな口を叩くな!」
縋る彼へ怒鳴り散らしながらも、軍曹の顔には困ったような、呆れたような表情が浮かんでいる。周りを囲んで、事の成り行きを見守っている者たちも同じような顔をしていた。
私は先を急がせようとする副官に目配せした。彼女は何か言いたげだったけれど、それを目で封殺して、私は彼らに近づいた。




