023
ミツルとソウジの二人はすっかり黙り込んでしまった。
自分を責めているのか、反省しているのか。ぐっと眉根を寄せて瞑目しているミツルの対面で、ソウジは何処か途方に暮れたような顔をしている。それも仕方ないかもしれない。守備隊の事、587連隊の事、近衛の事。そして何より、サクヤの事。彼には考えるべきことが多すぎた。
せめて、この問題が一つずつやって来てくれたのなら……そう思いながら、そこに残っていた酒を飲み干してしまおうとソウジが茶碗を持ち上げた時だった。
「なんだかなぁ……」
ずっと会話から取り残されていたコウが、ぼんやりとした声で言った。
「何をそんなに、あれこれと考えているのやら……」
彼は腕組みをしながら、本当に不思議そうな顔で首を捻っていた。
政治になどまったく関心の無いコウからすれば、自分たちはただの軍人で、ただそれだけだ。命令が下れば、それがどれほど理不尽なものだったとしても従うし、戦えと言われればどんな戦場にも赴く。そうでなければ、訓練、訓練、また訓練だ。
彼にとってはそれだけで、それしかなかった。
「……まったくだな」
政治的な駆け引きや陰謀が入り込む余地もない、コウの単純だがまっすぐな思考回路に、ソウジは思わず微笑んでしまった。
「議会の連中がみんな、お前ほど単純だったのならば、今頃、この国はどれほど生きやすかっただろうか」
「やめてくれ。そんなことになったら国が滅ぶ」
彼の言葉に、ミツルが真剣な声で答えた。
「いや、そうなったら近衛じゃなくて、まず俺が蹶起するぞ」
本気の響きがある彼の言葉を聞いて、ソウジは声をあげて笑った。
コウの言う通りだと思った。
あれこれ考えても仕方がない。俺は、俺にできる限りの事しかできないのだ。
そう考えた途端、気持ちが軽くなった。
「それで?」
ここへ来てからというもの、ずっと沈んでいたソウジの表情が切り替わったのを見て、ミツルが訊いた。
「俺たちに何をして欲しいんだ?」
「ああ」
ソウジはそれに頷いた。
そうだ。何よりも、俺にはこいつらがいるじゃないか。シュンだって、表立って動けないというだけで、水面下ではあれこれ画策してくれているだろう。
こいつらは、世界最強の軍隊と互角に渡り合ってきた連中だぞ。近衛や、議会が何を出来ると言うんだ。
「近日中に、まあ、二、三日の間だろうが、兵たちに近衛への転属辞令が出るはずだ。まずは、その際に彼らが混乱して馬鹿な真似をしないように言い含めておいてくれ。お前らの上官は、決して戦友を見捨てないと。それだけは確約すると。俺の名を出してもいい」
意を決したようにソウジは口を開いた。ミツルはそれに黙って頷いた。
「お前よりも、サクヤの名を出した方が早い気がするけどな」
「事態がややこしくなるから、お前は黙ってろ」
口を挟んだコウに、ミツルがぴしゃりとした声で返した。
「次に、近衛の件だが。事が起こった際、恐らく俺は参謀本部から動けないだろう。そこで頼みたいのだ、木花のことを。とにかく、なにが起こってもあいつの安全だけは確保できるように準備しておいてほしい。そうすれば、俺は後顧の憂いなく存分に動ける」
「頼まれるまでもねえけどな」
ふんと鼻を鳴らしながら、コウが答えた。
「任せたぞ、ミツル」
「承った」
「おい」
自分を無視した二人に、コウが不機嫌そうな声を出した。ソウジは吹き出した。
「分かってる、分かってる」
拗ねているようなコウへ、彼は笑いながら言った。
「お前を一番、頼りにしているさ」
冗談のように、ソウジは本心を口にした。
コウは馬鹿だ。だからこそ、サクヤのためならば一刻の軍隊相手だろうと躊躇うことなく立ち向かえる。そして、どんな地獄の底からでも必ず生きて還ってくるだろう。
大げさかもしれないが、そう確信させるだけの男だった。
笑いながら、ソウジは茶碗の底に残っていた酒を飲み干した。その一口は、今日一番旨かった。




