016
大いに盛り上がった宴も佳境を迎え、近衛将校たちは何組かに分かれて広間のあちこちに陣取ると、散らかった皿に残っている料理を摘まみながら、すっかりぬるんだ酒を舐めていた。
その中で、シュンはゆっくりと立ち上がった。
変に目立たぬよう、勧められるがままに酒を飲んでいたせいか、その足元はわずかにふらついている。
少し歩いたところで、彼は気持ち悪そうな表情を浮かべて、広間の外へ向かった。
「どこへ行く、識防中尉」
その背中に、砂霧の鋭い声が飛んだ。どうやら彼は一滴も飲んでいないらしく、その眼光には曇りのない知性が宿っている。
「……厠です」
シュンはそれに、ぼんやりとした声で応じた。のろのろとした動作といい、口調といい、どう見ても酔っているようにしか見えない。
しかし、砂霧は彼が広間を出て行くその瞬間まで、鋭い目で睨み続けていた。
「警戒しすぎじゃないか、砂霧」
シュンが広間を出て行ったところで、畳に突っ伏すようにして横になっていた真辺が口を開いた。
「確かに、奴は近衛に来て日が浅いが、今ではれっきとした俺たちの同志だぞ? 連判状にも署名していた。間違いなく確認したからな」
「……分かってはいるが」
彼の言葉を、砂霧は口調で否定しながら答えた。
陸軍から今年の春に転属してきたばかりのシュンを、砂霧は未だに信用していない。真辺の語る壮大な理想論に容易く感化されるような純真さを持っているように見えないのもそうだが、何より。
「あの男、以前、何処かで見た覚えがあるんだ……」
「またそれか」
懸命に記憶を辿りながら、呻くように言った彼へ真辺が気楽そうに言った。
「そうだなぁ……あれじゃないか? 大戦中に、どっかの小隊長として戦功を挙げたとか、そんな記事を軍広報で見たんじゃないか? あの頃はちょっとした手柄でも、すぐさま取り上げられていたからな。あとは……単純に、記憶違いだとか。どこにでも居そうな顔だしな、アイツ」
思わず頷きそうになってしまうくらいには、あり得なくない話だった。
しかし、どうにも腑に落ちない。
そんな内心を絵に描いたような顔をしている砂霧へ、真辺は頭の下に敷いた座布団をもぞもぞと動かしながら続ける。
「それにまぁ。アイツに任せたのは蹶起でも大して重要じゃない配置だし、仮に裏切ったとしても、それほど深刻なことにはならんだろ……お前の言いつけ通り、きっちり見張らせているしな」
「……そうだが」
まだ考え込んでいる声で答えた砂霧へ、真辺が半分寝ているような声で尋ねた。
「それよりも、木花少佐の下にはお前自身が行くってのは本気なのか? 他にもっと、重要な場所があるだろう」
「いや。私自身が行く必要がある」
それに、砂霧は素早く応じた。
「彼女には実際に会って、聞きたいことがあるのだ」
「ふぅん……」
ほとんど意識を手放しかけている真辺は適当な相槌を返した。
「まぁ、陛下は俺に任せておけ。必ずや、帝主陛下の玉体は安んじ奉る……」
そのために、まずは寝ると呟いたきり、言葉が途切れる。すぐに寝息が聞こえ始めた。
呆れたように息を吐いて、砂霧は広間を見渡した。大半の者が真辺と同じような有様だった。
「情けない……」
心底から吐き出すように、彼はやり場のない憤りを嘆息した。




