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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 夏(前) 恋する連隊
70/205

015

 砂霧の作戦説明がようやく終わると、真辺は待ってましたとばかりに女中を呼び出した。

「あるだけの料理を全部出してくれ。酒もだ。支払いは気にしなくて構わないから、どんどん運んで」

 やってきた少女にそんなことを言いつけると、彼は広前へ向かって両手を広げた。

「さあ、諸君! どんどん食って、飲め! 来る蹶起へ向けて、まずは英気を養うのだ!」

 それを聞いた少尉、中尉の連中が歓声を上げた。一人、シュンだけが呆れたように息を吐いていたが、誰も気にしなかった。

 真辺は何処までも満足そうに、優越感の滲む笑みを口元に浮かべていた。


 広間は瞬く間に宴会の場へと様変わりした。

 誰もが続々と運び込まれてくる料理と酒に浮かれ、騒いでいる中、泰原は一人黙々としていた。

 そこへ真辺がふらついた足取りで近づいてくると、彼へ声を掛けた。

「おい、泰原ぁ、飲んでるかぁ?」

「……みっともないぞ、真辺」

 酷く酔っている様子の彼に、泰原の隣で砂霧が顔を顰める。真辺はそれを無視して膝を折ると、泰原の前に置かれていた皿から料理を指で摘まみ上げた。

「どうだ、旨いだろ? 農村じゃあ、食えないよな。こんなもの」

「おい、真辺」

 あまりにも無礼な彼の振舞いに、砂霧が低い声を出した。そのまま、何か続けようとした彼を泰原が手のひらで制す。

「ああ。旨いな」

 彼はにこりとした笑みを浮かべて、真辺へ頷いた。彼が素手で手を付けた料理を一口、箸で口に運ぶ。

「……本当に。兵にも、食わせてやりたい」

 料理を飲み込んでから、泰原が小さく零した。それを聞いた真辺は笑い声をあげた。

「そりゃあ、お前。俺たちの蹶起が成功した暁には、帝主陛下の御稜威が全国津々浦々へ広がってだな、御国全体が豊かになる。兵どもだって、今よりは旨いもんが食えるようになるさ」

 得意げに言って、彼は手にしていた切子の碗に残っていた酒を一気に呷った。

 それを見ていた砂霧は、深く溜息を吐いた。


 真辺は、かつて幕閥と呼ばれたこともある武家の出身だ。

 彼のように近衛将校の中には貴族やその子弟が多い。そうした事情から、近衛では平民出身である将校への風当たりが陸軍よりも遥かに強かった。

 特に、真辺はその筆頭と言っても良い。

 事あるごとに農村出身である泰原へ突っかかっては、小馬鹿にしたような言動を繰り返している。

 自身もまた、それなりに名の通った武家の跡取りである砂霧だが、こうした風潮は好ましくないと考えていた。

 貴族出身者と違い、平民出身の将校は純粋に能力を買われて近衛へやってきたのだ。

 中でも、泰原は別格だった。

穏やかな性格でありながら、鋼の意思を持ち、部下の扱いが巧みで、彼の任されている近衛第三中隊はその統率の下、今の近衛でも屈指の精強さを誇っている。

その彼が連判状に名を書いたからこそ、今回の蹶起に参加する覚悟を決めた者が、果たしてここに何人いるだろうか。あの時、砂霧が口にした事の成否は彼に掛かっているという言葉は決して嘘でも誇張でもない。

では、真辺はといえば。

 今でこそ、蹶起の中心人物のように振舞っている彼だが、そもそもこの計画を発案したのは、砂霧と泰原の二人である。国を憂い、国民の救済を願う二人が、ともに戦う同志を探してゆく中で加わった一人に過ぎない。

 それがなぜ、今こうして指導者の一人と目されるようになったか問われれば、有体に言って、彼の口が巧かったという一点に尽きる。ただし、彼は何事も自分中心に語る癖があった。

 そして、この場に集まっている近衛将校のほとんどは、彼が勧誘してきた者たちだった。

 確かに、真面目一辺倒な砂霧たちだけでは、ここまでの人数は集められなかっただろう。旧家の出身だけあって、帝室尊崇の念も厚い。

 だが。砂霧はこの先のことを考えると、いつまでも彼を指導者の位置に据え続けるのは問題があるだろうなと思わずにはいられなかった。


「おい。飲みすぎだぞ、真辺。将校としての礼節はどうした」

 そんな考えを包み隠し、砂霧は酔って浮かれている真辺へ叱るように言った。彼の横では、泰原が何処までも真剣な表情のまま、皿に残っている料理を見つめている。

 やはり、蹶起の指導者には泰原こそが相応しいだろうな。

 彼の横顔を盗み見ながら、砂霧はそう思った。

 こうしたことを考える際、自分を決して中心に置こうとはしない点で、彼は真辺と対極であった。


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