013
「今、御国は重大危急の事態に直面している。先の大戦による戦禍の爪痕深く、国民の生活は困窮を深め、明日も分からぬ日々がただ続くばかり……戦後二年を過ぎた今となっても、一向に改善の兆しが見られないのはなぜか?」
真辺は両手を広げながら、朗々と問いかけた。そして、答えさせる暇もなく先を続ける。
「それは一部の国賊どもが私腹を肥すため、権益を独占し、畏れ多くも帝主陛下と我ら臣民を切り離し、その御稜威を翳らせているからに他ならない!」
拳を叩きつけるように振るった彼の言葉に、何人かの将校たちが同意するように声をあげた。気を良くしたらしい真辺は、ますます語気を強めた。
「ならば! 今こそ、我ら近衛が帝主陛下のお傍に蔓延る奸臣、逆賊を討ち、この国を陛下御新政の世に導くのだ! この大事業を、我らがやらずしていったい、どこの誰が果たすというのか!」
声を潜めることもなく言い放った彼に、周囲はそうだ、そうだと囃し立てる声を投げかける。
「真辺大尉」
そこへ、泰原が咎めるように口を挟んだ。
「なんだ、泰原」
演説に水を差された真辺が、鬱陶しそうな顔を彼へ向ける。
「逸る気持ちは分かるが、もう少し声を落とすべきだ」
「なんだ、そんなことか」
辺りを憚るように言った泰原へ、真辺は鼻を鳴らして答えた。
「店の者に聞かれていたとしても、何ら問題はないと言っただろう」
確信に満ちた声で、真辺はそう言った。
ここまで彼が自信を持ってそう言えるのには、理由がある。
第二の議事堂とまで謳われる、この天禄庵の従業員には「店で見聞きしたことを決して口外しない」という鉄則があるからだった。
たとえば、重大な政策について大声で吹聴していようとも。果ては額を付き合わせて殺人計画を練っていたとしても、それが彼らの口から漏らされることは決してない。
その信頼があるからこそ、この店は帝都一の大店になりえたのだ。
無論、泰原とてその程度のことは承知している。
「だが。店の者以外にその義務はない。気を付けるべきだ」
そう言った彼に、真辺は詰まらなそうな表情を作った。砂霧へ意見を求めるように顔を向けると、彼もまた泰原と同様の目で自分を見ていることに気付く。
真辺はばつが悪そうに咳払いすると、席へ戻った。
「それで」
席へ着いた真辺へ、泰原が尋ねた。
「計画の具体的な内容は?」
「それは砂霧が説明する」
真辺はぶすりとした声で応じた。説明役を押し付けられた砂霧へ、全員の視線が集中する。
「……決行は、一月後の八月十三日とする」
彼は手にしていた湯呑を卓の上に置くと、静かに口を開いた。
「その日は、例の祝典の予行演習があるのではないか」
聞き返した泰原へ、砂霧は頷いた。
「そうだ。この日を選んだのには、大きく二つの理由がある。一つは、我ら近衛も祝賀御列の予行を行うため、部隊を掌握しやすい事。次に、祝典に参加する予定のある主だった標的の動きが掴みやすい事だ」
「……それならば、当日でも良いのでは?」
磯崎が恐る恐るといった風に口を開いた。
「確かにそうかもしれん。だが、当日は陸軍のみならず、連合艦隊司令長官を始めとした海軍側の要人も帝都に集結する。警備も厳しくなるだろう。予期せぬ事態が起こりえる危険性が高い」
「なるほど」
砂霧の返答に、磯崎は納得したように頷いた。
「標的については、変更ありませんか」
緊張した声で誰かが尋ねた。
「ない」
砂霧はきっぱりとした声で応じた。
「我々の標的は第一に、帝国政府の首脳たちだ。特に首相、陸軍大臣、大蔵大臣の三名を最優先とする。第二に首相の傀儡である陸軍参謀総長と、主だった陸軍派議員を一掃して、陸軍の指揮系統を抑える。そして侍従長、元老を討ち、陛下を解放する」
彼はここで一度言葉を切ると、湯呑の中を見つめた。何事かを考えてから、再び口を開く。
「付け加えて、これは暗殺対象ではないが。木花サクヤ少佐を始めとした、欧州派遣軍……いや、元・陸軍第587連隊の将校たちを拘束する必要がある」
「――それは、なぜでしょうか」
それまで黙って砂霧の説明を聞いていた近衛将校の中から、一人が疑問の声をあげた。
砂霧はその人物を見て、顔を顰めた。
「識防中尉か」
それは今年になってから近衛へと転属してきたばかりの、顔色の悪い、分厚い眼鏡を掛けた中尉だった。




