011
「それはつまり、帝都守備隊から人員を引き抜くと、そういうことでしょうか」
ソウジは確認するように、クゲトシへ尋ねた。
「ああ。そうだ」
老人は当然のように、それに頷いた。そこへこれまで黙っていたマレミツがようやく口を挟んだ。
「何故、この時期に陸軍が近衛へ兵を割かねばならんのですかな?」
彼は恨み言のように言った。
「我が軍の状況はご存じでしょう? 何より、聞いておりますぞ。近衛は今、新兵に困っておらんそうではないですか」
その声には、嘲るような響きがあった。
戦後、二個師団から一個大隊以下にまで目減りした近衛は兵員を確保するため、最古参かつ最精鋭の者のみが入隊を許されるという伝統を破ってまで兵員を募集していた。
徴兵年齢に達した者、十八歳になった者ならば誰でも良いとばかりに、新兵の入隊を許したのである。
この効果は絶大だった。
何故ならば、十八才といえば未だ、被監督の義務から解放されていない年齢である。つまり、彼らの入隊を決定するのはその監督者たちなのだ。
特に、古い考えの人間が多い監督者の中には近衛から要求を、帝主その人からの求めだと解釈する人間が少なくなかった。結果、彼らは近衛ならばと、求められるままに監督下の子供たちを差し出したのだ。
そのおかげで、新兵募集をかけた今年の五月以降からすでに、一個連隊を超える兵員が近衛には集まっていた。
無論、近衛の中にも帝主直率の最古参、最精鋭たる近衛が新兵を受け入れるなど言語道断という声もあった。しかし、声をあげているのは小、中隊長を務める青年将校が主であり、彼らには上の決定を覆すような力は無かった。
そして、当然のことながら、たとえ新兵であっても一人でも多くの兵士が欲しいのは陸軍も同じである。新たな入隊者を横から掠め取られた上に、さらに人を寄こせなどと言われれば反感を抱くのも当然だった。
「何故? 何故と? 陸軍がそれを口にするのかね?」
しかし、マレミツの言葉を聞いたクゲトシは白々しい驚きの表情を浮かべると言った。
「近衛がこの有様なのは、全て陸軍のせいではないか。戦時中、兵が足らぬと我が近衛から兵を引き抜いたことを忘れたとは言わせぬぞ。その借りを、いま返してもらおうというだけではないか」
そして、嫌味に満ちた口調のまま彼は要求した。
「まずは、一個大隊分」
「一個大隊だと!」
マレミツが憤慨したように大声をあげた。
その横でソウジは努めて冷静な表情を保ったまま考えていた。
今の帝都守備隊は“まともに使える戦力”こそ一個連隊と少しだが、兵数だけ見れば三個連隊はある。その中から一個大隊、約六百名。それだけならば、まぁ許容できる範囲ではあるな。
そこまで考えたところで、どうして自分はこうなのだろうかと嫌になった。
なまじ階級が高くなると、兵が駒に見えてくる。これだから、軍人は。
自己嫌悪に陥っている彼の横で、クゲトシがさらに要求を重ねていた。
「特に、ほら、何と言ったか……欧州で活躍した、木花大佐か。いや、今は少佐だったか。その部隊にいた兵を優先して回してほしい」
「ふざけるな!」
ソウジの内心を代弁するかのように、マレミツが怒鳴った。
「貴様、陸士で俺の一期後輩だったくせに……」
この上官と意見があったのは初めてだなと思った彼は、そこから続く言葉を聞き流すと言った。
「しかし、閣下。彼らは守備隊の主力を成す者たちです。彼らを一個大隊となると……」
実際問題、今の守備隊で唯一まともに使える戦力である彼らを六百名も引き抜かれてしまうのは、損失が大きすぎる。何よりも、ソウジにとっても彼らは戦友だった。
「無論、そうであろうな」
何とかして、守らねば。そう決意した彼へ、憤慨しているマレミツは無視して、クゲトシは妙に理解を示す態度で応じた。
「まぁ、半数ほどを彼らで固めてくれれば問題はない。それに今すぐという話でもないのだ。来る八月に予定されておる、祝賀式典に間に合うようならばそれで良い。戦後二年、我が帝国が如何にその権威を取り戻したのか。それを勇壮なる近衛の行進によって臣下万民へ示すことができればな」
何が、権威だ。
ソウジは胸の中で吐き捨てた。
そんな下らないもののために、俺の戦友たちを利用しようと言うのか。畜生。
「この祝典が、今後の帝国にとってどれほど意味のあるものか。それは君にも分かるだろう、中将」
「は」
今すぐにでもこの老人を殴りつけてやりたい衝動を抑えて、彼は深々と腰を折った。
まだ、感情に身を任せてよい時期ではないと必死に自分を言い聞かせる。ふと、サクヤの顔が脳裏に浮かんだ。今の自分を彼女が見たら、何と思うだろうかと想像して、酷く情けない気分になった。
「待て。そもそも一個大隊と言うのが多すぎる、あの連隊の生き残りならば、一個中隊で十分だろう」
もはや人員の引き抜きを阻止するのは不可能と悟ったのか、マレミツが食い下がるように言った。しかし、クゲトシは取り付く島もない。
「何を言うかと思えば……一個中隊? 全然、まったく足りませんな。祝典には最低でも旅団規模の人数を揃えねば、近衛の体裁が保てんでしょう」
「ならば、祝典当日に守備隊から二個連隊を貸してやる。それで旅団だ」
「権威ある近衛が陸軍から兵を借りる? あり得ませんな……そもそも」
ふんと鼻を鳴らして、マレミツからの提案を全て跳ねのけた彼は、いったい何が問題なのか分からないといった表情で口を開いた。
「選ばれた者たちは、喜ぶのではないかね? なにせ、近衛ですぞ、近衛。帝主陛下の玉体を護持し、その御宸襟を安んじる、我が国最精鋭の兵士であると認められるわけですからな」
帝主の名を出されたからだろう。それを聞いたマレミツはぐぅと唸ったきり黙り込んでしまった。
そうしたやり取りを、ソウジは苦汁を飲み下すような心境で聞いていた。
老人たちの会話はまるで値引き交渉だった。一個大隊。いや、二個中隊。将校も付ける。
戦友たちを金銭の如く扱われて、彼は行き場を見失った怒りを吐き出すように長く、静かに息を吐きだした。
結局。二人の老大将による商談の末、帝都守備隊から五百名の兵が近衛へ転属になることが決定された。将校は不要だと言われた。近衛はその規模に反して、将校の比率が高いからだろう。
名簿の作成を任された時、ソウジは深々と腰を折りながら思った。
憶えていろ。畜生め。
絶対に、貴様らも思い通りになどさせない。あの連隊の、あいつらの、あいつの。連隊の名誉と誇りを、こんな奴らに踏みにじられてたまるか。




